彼とわたしとぶり大根
石田とわ




やわらかな陽の差す日曜日の午前中、
朝食の片づけをする私の背中に彼の静かな声がかかる。
         
「そろそろ買い物に行くか?」

彼女は今朝もぎりぎりまで寝ていて、慌てて仕事へ行った。
シフト制の仕事なのでたいてい日曜は仕事だ。
そして彼の休みは日曜と決まっている。
彼と彼女の休みが合うのは月に1、2度くらい。
         
彼女のいない二人だけの日曜に食料品の買い物に行くのが
わたしと彼の習慣だ。
         
「今日はお魚屋さんに行きたいな。」
日曜の買い物はわたしの密かな楽しみである。

わたしは彼とよく似ていると言われる。
顔つきもそうだが、性格が彼女より彼に似ているのだ。
やるべきことは早くにやってしまわないと落ち着かない。
だから買い物も決まって午前中だ。

彼が運転する車で先ずは近くのスーパーへ。
そう、彼との買い物は一軒で終わることはない。
あれこれと献立を考えながら、安くていいお肉の置いてあるところや
野菜の新鮮なところをその時に合わせて回るのだ。    
         
なかでも彼と行くお魚屋さんがお気に入りだ。
         
そのお店は住宅街の道路脇にこじんまりとあり、指のきれいな奥さんと
いかつい顔した旦那さんがふたりでやっている小さなお店だ。
店先にいろんな魚が並べてあり、片隅には大根やかぼす、
お豆腐までおいてある。

彼は魚を丹念にのぞいて行く。
買っても買わなくても一つずつ見ていくのだ。
         
今日はどの魚がどんな姿になるのだろう。
お刺身の時もあれば、切り身だったり、時には一匹まるごと買っていく。
木の札に書かれた魚の名前は知らないものがおおく、
どの魚もスーパーの魚とは違う顔をしているような気がする。

「今日は鰤のかまと牡蠣をもらうよ。」

どうやら今夜の献立が決まったようだ。
「何にするの?」
問いかけると彼はうれしそうに笑う。
あぁ、この顔は夕べ彼女が食べたがっていたぶり大根だ。
今夜も彼はおいしそうに食事をする彼女を本を片手に見るのだろう。
         
魚屋さんをラストにわたしたちの買い物は終わり家に着くとお昼だった。
彼は買ってきた食材をきちんと小分けにしてそれぞれしまう。
あるものは冷凍庫へ、あるものは明日の夕食のためにチルドルームへ。
わたしは傍らでたまごをパックから取り出し、冷蔵庫へ並べる。
         
「昼は蕎麦でいいか?」
頷き急いでと本棚へと向かう。
彼と秘密の時間を共有するための儀式だ。        
         
歩いて5分。
二人で本を片手に「行きつけ」の蕎麦屋の暖簾をくぐる。
彼は冷酒とざるそばをわたしは天ざるを頼む。
ちょっと奥まったところにあるこの蕎麦屋は、一見普通の民家にしか見えない。
そのためかおいしい割には混んでいるのをみたことがない。
本を読みながらゆっくり水を飲むように彼は酒を飲む。
                 
静かな秘密の時間。

彼女は知らない。
彼がたまに杯をふたつ頼み、頷くわたしにゆっくり酒を注ぐのを。
日曜の午後、私は少し大人になった気分で頁をめくる。
         
         
帰ったらぶり大根の作り方を教わろう。
ほろ酔い加減の頭に彼女の「ただいま」の声がする。











散文(批評随筆小説等) 彼とわたしとぶり大根 Copyright 石田とわ 2013-04-09 01:31:49
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