ブリキの森と紙の古城とウルサい湖畔の魔法
村上 和
物語を
知っているだろうか
・
おしゃべりなオオカミは言う
優しいでも強いでもなく
ボクはいいオオカミになりたい
その口元には
羊の肉片がついている
夕方に起きだして
いつものけもの道を行く
自分でつくった道だ
陽が沈むまでに湖畔にたどり着ければ
間に合うだろう
歩く姿は
地面の匂いをかいでいるようにも
うなだれているようにも見える
・
おしゃべりなブリキは言う
おとなしい我らの羊を殺すとは
なんて酷いことをするんだ
怒りからの震えなのか
絶えずカチャカチャと音がする
2メートルほどの高さの
立派なお城から
兵隊が足音をそろえて出てくる
数はそんなに多くないが
何かに感化されているのか
士気は高い
横に広がる隊列を組み
ざっざっとオオカミがでるという森へ入っていく
・
おしゃべりな魔法使いは言う
魔法とは皆さんそれぞれの
心の中にあるのです
ありきたりな言葉だ
聞く者たちの中にあくびを噛み殺す姿が散見される
演説が終わった後
満足もしていないのに
参列者ににこやかにお礼を言い
また参加してほしいと案内をすることになる
伝えたいことは文字通りなのだが
使い古されている
言葉を変えなくてはいけない
その魔法使いの住処は
ほとんどの場合と同じく
森の中にある
・
物語を知っているだろうか
弓を引く音
獣の匂い
誰もいない城
呪文
散乱する鎧の破片
血の跡と牙
ひるがえる杖と厚手の衣
満月の下
影絵劇のようなシルエット
遠くから
紙を裂いて吠えるような
声が聞こえる