Please Mr. Postman
山田せばすちゃん

料金が足りませんからと
窓口の向こうの若い局員は不機嫌そうな顔で
茶筒みたいにふくれた封筒をつき返した
そりゃあ、足りないのは僕の落ち度ではあるし
深夜勤務の彼にはちょうど今頃が
一番眠たいころだったのかもしれないけれど

仕方がないので封筒を開けて
この前君と晩御飯を食べたときに貸してもらった
8358円(小銭はセロテープでまとめてある)を取り出す
現金は困りますよと言いながら
局員はもう一度手紙をはかりに載せて
まだ駄目ですと封筒をつき返した

仕方がないので封筒を開けて
君に送る愛の歌特別編の原稿用紙12枚を取り出す
局員はもう一度手紙をはかりに載せて
まだ駄目ですと封筒をつき返した

仕方がないので封筒を開けて
夕べ君がなくしてしまったと大騒ぎしていた
パールのピアスのかたっぽが
ベッドの枕に下から出てきたのを取り出す
局員はもう一度手紙をはかりに載せて
まだ駄目ですと封筒をつき返した

あの、郵便物のはかりなら
窓口の外にもありますから
ちゃんと料金どおりになったら
受け付けますからいいですかと
局員は片手であくびの大口を抑えて
もう片手で窓口のシャッターを下ろして
蛍光灯の明かりがこうこうと差す
深夜の郵便局の受付ロビーに
僕は独りぼっちにされて
君への手紙を持って途方にくれている

仕方がないので封筒を開けて
君に送る愛の歌特別編その2原稿用紙24枚を取り出して
君に読んだほうがいいよと言ったっきりの
ハイデガーの「存在と時間」岩波文庫版を取り出して
今年の夏にベランダでいっぱいに花を咲かせた
朝顔から取れた種を3粒取り出して
そっとはかりに載せてみるのだけれど
まだ料金不足は解消していない

仕方がないので封筒を開けて
君がなくしてしまった僕の部屋の合鍵と
オートロックの暗証番号を書いたメモ用紙と
キャッシュカードの暗証番号を書いたメモ用紙と
死後の臓器移植に同意しますとサインした臓器提供カードを取り出して
そっとはかりに載せてみるのだけれど
まだ料金不足は解消していない

仕方がないので封筒を開けて
もう便箋のほかには何も入っていないことに気がついた僕は
悲しげに首を振りながら消しゴムを取り出し
「愛してる」以外の文字を全部消して
それから
「明日会いたい」と一行だけ付け加えてから
そっとそっとはかりに載せてみる


自由詩 Please Mr. Postman Copyright 山田せばすちゃん 2003-10-28 02:05:00
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