Like Someone in Love
Debby

 あらゆる試みは、大体のところ碌なことにはならない。そういう風に僕の祖父は言っていた。僕と僕の祖父の間には血のつながりはないし、役所に言わせれば他人ということになるんだろうけれど、これは語り口の問題で僕があの人について語る時、そこに僕の祖父という単語が出てくるのはひどくしっくりくる気がしている。

 受け容れろ、と僕はたくさんの人に言った気がする。君は受け容れるべきだし、それがあるべき態度だと。正しさの観点から君はそれを受け容れるべきだと。それは実際間違っていなかったのだろうし、僕が多くの人に言ったのと同じくらい僕は多くの人からそういう風に言われた。被害者意識と加害者意識の中間に立って、問題はこういうことだ。受け容れるものと受け容れられるものは大体同じくらいのサイズがいいってこと。これは理想論じゃない、そういうところである種のフェアネスを世界と保っておいた方がいいということなんだ。ベストは最初から諦めろ、でもベターを最後まであきらめるな。そんな風に僕は考えている。

 もっと深くもぐれ、なんて言わないで欲しい。だって、僕は高さも深さもそれほど好みじゃない。磯遊びが好きだったんだ、特に子どものころはさ。潮溜まりに取り残された魚だったり色とりどりのうみうしだったり、あるいはいそぎんちゃくを突っついたりね。誰もがマイヨールみたいに生きられるわけじゃないし、少なくとも君はマイヨールじゃない。息を止めて夜をやり過ごすのはよした方がいい。まして、陽があるうちは深く呼吸をするんだ。それが一番大事なことだと、僕の祖父はいつもいった。まず、深く呼吸をしろ、そして塩をつけて何かを食え。

 じゃがいもの話をしよう。僕の祖父がかつて、どこかの国と戦っていた時。兵站はめちゃくちゃになり、補給線は鶏につつかれたみみずみたいにバラバラにされていた。それは、実に絶望的な撤退戦だった。何から逃げ、何と戦うのかもわからなくなってしまうみたいな。そういう時って、人生には結構よくあるだろう。さて、そんな最中祖父はじゃがいもを一抱え手に入れることに成功した。詳しくはわからない、でも多分逃走の道すがら農家かなにかから強奪したんじゃないかと思う。それを責めるような人たちがこの文章を読んでいるわけがないから、僕はいつだって安心してモノを書ける。

 目を覚ますのはいつも夕暮れの少し手前だ。三月の風が冷たくなり始める午後四時くらい。そして、東に向かう。井の頭通りを果てしなくまっすぐバイクで走る。時々は途中でコーヒーとトーストを齧る。そして、明け方に同じ道を戻る。こういう生活を続けていると、そんなに思い出すことも少なくなった。とにかく何かをしなきゃならないというのは素敵なことだ、とにかく僕はラグー・ソースとチリコンカンを煮込まなきゃいけない。ナイーヴな悩みに身をゆだねている時間がない。おかげで、バイクの調子はとてもいい。

 さて、祖父は一抱えのじゃがいもを鍋に放り込んだ。泥水ではあったけれど、芋は茹で上がった。なにせ空腹だったから10個でも20個でも食える気がしたんだ、と彼は言った。でも、一個だって食べられなかった。どんなに腹が減ってても、塩がなけりゃ食えない。生きるためには塩が要る。いいか、それを忘れるな。うん、わかったよ爺ちゃん、忘れないようにする。おまえは賢い子ではないし、愛される子でもない、そういう風になってしまった。だから、これだけは忘れずに生きろ。わかったよ、爺ちゃん。いいか、深く潜る魚が優れた魚ではない、高く飛ぶ鳥が優れた鳥でもない。忘れるな。塩がなけりゃ食えないんだ。

わかったよ、爺ちゃん。

 つまるところ、毎日乗ることなんだ。大事なのはそれだけ、そりゃあオイルは2000キロごとに換えた方がいいし、タイヤの空気圧だって定期的にチェックした方がいい。でもね、究極的には毎日乗ること。バイクと上手く付き合うにはそれが一番大事なんだ。そして、後は気に入ってやること。愛してやること。これで大体世界は上手くいくと、僕は思ってるんだ。実際はそうじゃないとしても、そういう風に思いたいんだ。多くを求めるな、しかし多くを与えろ、僕の生物学上の父はそういうことを言っていた。今になって、僕はあの人のことを嫌いきれない。不思議だ、ほんの数年前まで殺してやりたい程にくかったのに。

 もっと深くもぐれ、なんて言わないでほしい。それでも、魚は深く潜るし、鳥は高く飛ぶ。深夜、マイヨールが飛び込む音が聞こえることもある。君たちの窓の外を、誰かが驚くような高さで飛んでいくかもしれない、そして君はいつもロケットの打ち上げを寝過ごしたんだろうと思う。わかるよ、君が寝坊した日曜の朝にロケットはもうどこかへ飛んでいってしまった。でも、これだけは忘れないでほしい。マイヨールのことだ。彼は十二月の晴れた日に首を吊った。彼の部屋のテレビの画面には真っ青な海が映し出されていたと伝えられている。いいかい、教訓はみんな小さくて軽い。ポケットに入れてそのまま忘れてしまえ。洗濯機でくしゃくしゃにしてしまっても、全然かまわない。


自由詩 Like Someone in Love Copyright Debby 2013-03-21 09:26:25
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