CD不況を取り巻く現在
番田 


ぼんやりと古いCDのなかから過去の色々な音楽情報を仕入れていた。音楽ではないといえるけれど、ここではムード音楽の話をさせてもらおう。しかし、絵画であればイラストとそれとを区別することができるが、音楽はそこの隔たりを曖昧にしている。とにかく、僕は学生の頃よく耳にしていた音楽を聴いていた。そのころは、本当に多種多様なジャンルのJ-POPが流行っていて、チャートを見ているのが楽しかった。邦楽だとか、洋楽を問わなかったのかもしれない。それも、2000年をこえたあたりからどんどんと冷めていってしまった。これは異様な現象だといえた。それはメディアの販売数と関連しているという話は否定できない。2010年に発表された、その十年における代表アルバムがレディオヘッドのKID-Aだという話を聞いたときはつまらないと思ってしまった。そして邦楽では何だったのかと考えるとグローブやらミスチルが流行っていた頃だと思う。それらに代表されるのは、小林武史氏のサウンドプロデュースのように思われるが、最近ではヒット曲を出していないようだった。ミスチルの解散もささやかれる中、彼らをコントロールできる権力も昔のようにはないだろう。こういった状況が生み出されてしまったのはなぜなのか。アイドルシーンでは秋元氏のプロデュースによるAKBによって斬新なイメージが彼らの内から提示された。こういったやり方は王道かつ昔的なものである。これが、逆に新しいものであったならば当たらなかったわけだ。そんな風に小林氏から生み出されるサウンドをぶち壊すような新しいプロデューサーの覇権を願っている。話は変わるが、最近私は将棋を見ていて同じようなシーンの動きを感じた。羽生さんもすでに40代で、彼ら新しい境地を切り開いた世代にうってかわるような若い人々が頭角を現しはじめている。ここでの将棋の指し方はいわゆるそれまでの伝統を重視したやり方であった。やはりその方が、人間の思考にとってはより能率的だといえるのかもしれない。私は成人病などで滅びゆく体の心配をしながらそのようなことを強く感じた。



散文(批評随筆小説等) CD不況を取り巻く現在 Copyright 番田  2013-03-21 00:29:40
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