いつかこの雨が止む頃には
イリヤ
とろとろと衰えてゆく。水の滴る音。部屋の閾値が揺らいで、薄い膜が破れたかのように覗く自身の設定されたまなざし。ベッドに縫いとめたみずからの影に沈み、瞼裏の砂嵐に浮ぶ様々な影絵がしだいに君の顔貌にうつろうのを無言で眺めている。君は僕を許さなかった。はき違えたペーソスに怯んで、不能なまでにこわばった僕の手を最後まで君は引いていたんだろう。幼い頃の悔恨に囚われて、僕はあの日から踏み違えてばかりいる。
静けさの堆積が拉げる浅い覚醒からの途絶えがちな心音と重い髪に顔をうずめ、吸いこむ湿った息の間にひれふす言葉は薄く透けてやわらかい。整えられた酷薄さを爪弾くのにも飽き、ゆっくりと制圧されるわたしの飲干した惰性も、残滓をきらめかせて溶暗してしまう。眼に視えているものはみな雑然と投げだされており、遠近を散りばめた空間をまばらに通り抜ける光は果てしなく遅い。
もうなにもかもがひしゃげている。失った時間を数えあげても両手の空隙からこぼれ落ちてゆくのだが、何度呼び覚まされてもここへやってきてしまうのだろう。だから、きみはきみのじかんをいけよ。
こうしてまた意識の遠近を床擦れてゆくというのに。滴らした明瞭さの濃淡に忘れることさえも能われずただ色褪せている。天井が滲みだしてからもう久しい。ぐずぐずとやるせなくシーリングライトが瞬いて。そのようにきみはぼくをわすれてはくれないのだろう。
この部屋は雨。囚われた空間はふやけて充溢している。寝台は汚い水たまりで。泥水で喉をうるおし、煤けたバスタブに雨水を張る。だけどそれも次第にゆるやかになるのだろう。
いつか。すべてことばたちがおそくなればいい。雨粒一滴さえもが留められる散漫な揺らぎに解けてゆく横顔が景色と均質になるのを待ちわびたままわたしはここに佇んでいる。