ギター弾きの想い人
まーつん

  俺のテレキャスターは
  どんな女よりも
  艶っぽく喘ぐ

  だから
  要らないんだ
  柔らかくて暖かい
  夜の女の 肢体なんて

  俺のテレキャスターは
  どんな鳥よりも
  美しく鳴く

  だから
  要らないんだ
  窓際に吊るす鳥かごや
  ガラス越しに射してくる
  朝陽なんて

  墓石のそばで丸くなり
  喉を鳴らしてネズミを食べる
  薄汚れた 野良ネコのように

  本物のギター弾きは
  どんなところにいても
  自分なりの 慰安を見出す

  そいつは 状況に漂う
  詩情を捕まえる 感性の狩人だ

  例えばの話

  船乗りたちが
  悪態をつきながら
  右往左往して
  折れたマストを建て直し
  忍び込んできた海水を
  舷縁の向こうに
  必死で汲み出している
  冬の甲板のさ中にいても
  強い雨が叩きつける顔を
  真っ暗な夜空に向け
  命綱の様に抱きしめた
  ギターの弦を掻き鳴らし
  嵐の声に合唱するような

  例えばの話

  着飾った王侯貴族が逃げ惑う
  丘の城の舞踏室の
  片隅の椅子に腰かけ
  虐げられた民衆が放火した
  地下倉から立ち上る
  煙にせき込みながらも
  シャンパンのボトルで
  手近な窓を叩き割り
  新鮮な空気を吸いこんで 
  酒で喉を潤したあとに
  高いシャンデリアの
  儚き輝きを見上げつつ 
  栄枯盛衰のバラードを
  口ずさむような

  例えばの話

  道に迷った山奥で
  牙をむいて取り囲む
  狼たちを前にして
  月明かりの下
  濡れた草の上に座り込み
  立ち込める霧の奥から
  探り当てた旋律で
  餓えた野獣の唸りを
  安らかに静めて
  夢の微睡みに誘い込み
  立ち上る寝息の数々を尻目に
  そっと足音を忍ばせ 
  茂みの向こうへと
  逃げ延びていくような

  そんな どこか
  ちゃっかりしていて
  世間から ずれた連中なんだ

  俺も そんな奴らの
  一人になりたかった

  苦い痛みを 
  甘い旋律に置き換え
  それを耳にした
  通りすがりが立ち止り
  目的地を忘てしまうような
  音の錬金術師に 

  人々が喜んで
  傘を投げ捨て
  ずぶ濡れになり
  踊り始めるような
  音の雨雲を呼び寄せる
  雨乞い師に


  フレットを行き来する
  この指先の愛撫に応えて
  俺のテレキャスターは
  固い木の体を震わせる

  すると
  世界がそれに共鳴する


  ボトルネックを嵌めた指で
  高音弦をスライドすれば

  昼の光を頑なに跳ね返す
  オフィスビルの窓ガラスが
  粉々に砕けて路上に降り注ぎ

  スカイツリーが身もだえして
  展望室の人々を
  頭のフケのように払い落す

  アルペジオでワルツを鳴らせば

  夜の川が沸き立って
  川面に踊る魚が
  銀色に輝き

  山の木々が目を覚まし
  幹をぶるりと震わせて
  枯葉の群れが輪をなすと
  つむじ風に乗って踊り始める

  リズムギターを八分で刻めば

  満月が七色に頬を染めて
  ミラーボールよろしく回りだし

  街路樹が枝を叩いて 手拍子をとり
  明かりの灯った家々が
  リズムに合わせて壁を揺らす

  そう音楽は
  悲しみを喜びに変える
  魔法だ

  月の凍える夜に
  春の日差しを思い出させる
  世界でいちばん古くから伝わる
  型のない呪文だ


  だから
  お前以外に
  女なんて要るものか

  強がりじゃないぜ
  わが愛しのテレキャスターよ
  年ふりたお前の トネリコの身体
  その括れを なぞるだけで

  物欲しげに口を開けた
  アンプのジャックに
  シールドを挿しこむだけで

  俺の欲情は満たされる

  お前の漏らす喘ぎ声に
  今夜も星は身悶える

  お前を抱いてもぐりこめば
  独りきりの寝床も 寒くはない

  そう決して

  寒くなんて あるものか


自由詩 ギター弾きの想い人 Copyright まーつん 2013-03-18 21:30:52
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