世の中
小川 葉

 
 
世の中、金なんだよ。
いったいどこで覚えてきたのか、息子がしきりにそんなことを言っている。その意味もまだ、よくわからずに。
そんなことはない。
父が息子に言う。すると、世の中、酒なんだよ。と言うから笑った。それは一理あると、私はグラスの氷を鳴らした。
世の中、仕事なんだよ。
息子が続ける。いや、そんなこともない。父は仕事が大嫌いなのである。
世の中、デザインなんだよ。
あんた、デザインの仕事してんだろ?と息子が言う。いや、あんたって…まあいい。しかしそれも違う。人の手によりデザインされたものよりも、はるかに美しいものがある。自然だ。それは神の手によるあるがままの姿だ。
世の中…
言葉につまった息子。それから、今日一日、一人で留守番していた時の話を聞いた。
世の中とは。
それをわざわざ言葉にする必要のない、今を生きていること。それが、世の中だ。
強いて言えば。
世の中、幸せなんだよ。
 
 


散文(批評随筆小説等) 世の中 Copyright 小川 葉 2013-03-16 20:19:56
notebook Home 戻る