草原の記
平瀬たかのり

 いつかむかし
 草原のくにの村に
 ふたりの若者がいた
 ふたりはともだちで
 いつも馬に乗っていた

 信じていた
 俺の駆る
 雄々しい鹿毛こそ
 僕の駆る
 凛々しい栗毛こそ
 いっとう速く走るのだと
 だけどふたりが
 駆けくらべをすることはなかった
 いつまでもともだちでいたかったから

 村はずれには羊飼いの一家
 親思いの末娘は
 働き者で器量よし
 村の若者たちはこぞって
 彼女のもとへ馬を駆って
 だけど娘が愛撫したのは 
 鹿毛の逞しい首筋
 栗毛の美しい流星
 ふたりだけにほほ笑んで
 
 帰り道、鞍の上
 口をきかなかった
 はじめて黙ったまま別れた
 
 三日目の朝
 鹿毛の若者が栗毛の若者を呼び出した
 なあ、どっちが勝つかで決めようじゃないか
 血走った目
 受けた、恨みっこなしだ
 痩けた頬

 その夜も満天の星
 宇宙の片隅に厩がふたつ
 勝たなきゃならない
 あいつはともだちだけど
 負かさなきゃいけないんだ
 決めたんだ
 分かるよなおまえなら
 若者は
 首筋をなで
 流星をなで
 先に娘のところへたどり着くのは
 俺とおまえだ
 鹿毛は一声いなないた
 僕とおまえだ
 栗毛はじっと見つめ返した

 ホウッ!
 ホウッ!
 爆ぜる追い声が
 いよいよ四肢を漲らせる
 二頭は轡を並べたまま
 駆ける駆ける駆ける
 若者が手綱を操ると
 鹿毛はぐいぐい躰を寄せる
 あえぐ栗毛
 若者が手綱を操ると
 栗毛はすっとま後ろに取りつく
 いやがる鹿毛
 抜きたい抜かさない抜けない
 離したい離さない離せない
 逃げる兎、飛び立つ小鳥たち
 狼すらも恐れをなす
 草原を切り裂いていく疾風
 いのちの塊
 ホウッ!
 ホホウッ!

 日が暮れて
 放していたいた羊をすべて寝床に帰したら
 娘の仕事も終わる
 急に鳴きだす相棒の犬
 どうしたのおまえ
 夕焼けに
 耳をすませば蹄の音
 目をこらせばふたりと二頭
 近づいてくる大きくなる
 娘はもう気づいている
 争われているのは自分だと
 はやくなる鼓動
 ぎゅっと掌を握りしめる
 やがて羊飼いの娘の顔に
 王女の笑み
 おくれ毛を揺らす草原の風
 沈む夕陽を背負って
 ふたりの男がやってくる
 鹿毛と栗毛が駆けてくる

    〈テンポイント・トウショウボーイ〉
       (昭和五二年 第二二回有馬記念に寄せて)



自由詩 草原の記 Copyright 平瀬たかのり 2013-03-08 19:58:31
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