まだ見ていないものがある限り俺は何も知らない
ホロウ・シカエルボク






指先を切り裂いて、騒がしい血を全部抜いて、滴るものを飲みほして、温い悪夢を循環させる、脳下垂体に張り付いた、混然一体の俺のグラフィック、歪み、千切れ、撒き散らされながら、どんな軌跡をたどろうとしていたのか、運命は寝床の染みで宿命は下腹部の不具合だ、目の端で光がいくつも瞬くような痛み、いったい何を照らそうとしている、妙な冷たさに凍えた爪先はいつでも、存在を受け止めてくれる地平を探している、尺取虫の様に蠢きながら―生命は、存在は、常にのたうち回るものだ、死人の様な悟りなんて俺は欲しくは無い、道標を到達点だと考えるような愚かしい真似は―まだ見ていないものがある限り、俺は何も知らない、まだ聴いていないものがある限り、俺は何も知らないのだ、俺にお前の程度を擦り付けようとするのはよせよ、指についた糞をつけるみたいにさ、そんな程度のものはもう見飽きた、そんな程度のものは―こねくり回せば、積み上げていけばなんとかなるなんて程度のものはさ―お前は業なんてものについて考えたことがないだろう、やむにやまれぬ発端のことを、生身の体内で騒ぎ出すポルター・ガイストのことをお前は知らないだろ?俺の理由のすべてはそこにある、それがきっと俺とお前の違いさ、お前が言っているようなことに俺は興味がない、俺が打ち破りたいものは俺の脳髄だけ、他のことになんかまるで興味がない―ナントカ様ごっこがしたけりゃ俺の目につかないところでやるんだね―これだけのことを並べている間に、あれほど切り裂いた指先の傷は塞がり、幾何学的な瘡蓋に覆われ、あれほど溢れた血液は再び生成される、それは体内を駆け巡り、冷えるだけ冷えた温度を再び熱くする、判るかい、その繰り返しだ、俺がやっていることのすべてはそうした反復なのさ、同じ傷口に沿ってもう一度切り裂くのさ、もう一度そこから生まれてくる熱が欲しいのさ、したり顔なんか死ぬまでしないぜ、それはこの世で一番恥ずかしいことだ、まだ見ていないものがある限り俺は何も知らない、まだ聴いていないものがある限り俺は何も―薄暗い天井の隅に俺はそう話しかける、声は僅かに反響して意志を形作る、俺は存在の中に巨大な穴ぼこを見る、まだ知らない場所がある、まだ見ていないものがある、この穴の中に…そのことがはっきりと判る、俺はその穴ぼこを覗きこもうとする、穴の中に可能な限り身体をねじ込んで、そこにある何かを見ようとする、でも見えない、何も感じることが出来ない、塗られたような暗闇と、塞がれたような静寂がそこには充満している、他のものが入る余地がないように思える、足りない、まだ何かが足りない、その何かは、生きているうちになんとかなるものなのかもしれないし、生きてるうちにはどうしようもないものなのかもしれない、俺は穴ぼこの前で舌打ちをする、まだ見たことのないものがそこにある、まだ聴いたことのないものがそこにある、俺は何かを知らない、まだ何かを見たことがない、穴ぼこはいつまで開いているのだろうか?そんなことも判らない、行き場のない感情が言葉に変わりはじめる、もどかしい手を出来るだけ早く動かして、少しでもたくさんの言葉に追いつけるように、少しでも多くの言葉を焼きつけられるように、書き残せるように―なにかが俺に生きろと言う、俺にはその声に答える余裕さえない、この言葉がどこに行くのか俺は知らない、俺の知らないところの俺から生まれたものに、俺の名前がついて掲示板に曝される、それは俺にとって理想的な在り方だ、書くことに安住したくは無い、綴るたびに生まれるスピードはまだ新しい何かについて話そうとしている。







自由詩 まだ見ていないものがある限り俺は何も知らない Copyright ホロウ・シカエルボク 2013-03-07 23:49:31
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