月あかりの羽ばたき
まーつん

  それは 真夜中の出来事だった


  白いシーツにくるまった
  私の鼓膜をくすぐる
  乾いた漣の音

  胸騒ぎが
  私を揺り起こした

  その音が響いてくるのは
  窓ガラスの向こう側
  言葉のない 囁きにも似て

  私はサンダルをつっかけ
  パジャマ姿のまま
  ベランダに出た

  冷たい手すりから見渡す
  眠れる街の青白い横顔

  秋の夜空を見上げ
  降り注ぐ音の流れの源を辿る

  すると

  棚引く雲の合い間を泳ぐ
  満月が一つ

  だが 私は不意に
  眉をひそめる

  なんだろう あれは

  部屋の中にとって返し
  望遠鏡を手に取って
  寒さに肩をすくめながら
  ベランダに戻る

  そして 接眼レンズを覗き込むと
  闇のビロードに横たわる
  大きな満月の天辺に

  光の波が
  小さく 小さく
  立ち上がっていくのだった

  その姿は
  前髪を向かい風にそよがせる
  人の横顔にも似ていた

  私はじっと目を細め
  倍率を上げた
  すると

  波に見えたのは 
  金色の光で出来た
  鳥の群れだとわかった

  その羽音が
  月の表面からこぼれ落ち
  この星へ この街へと
  霧雨のように 降ってくるのだ

  さらさら、さらさらと
  せわしない ざわめきが…


  月あかりが
  翼を生やして逃げていく
  凪の日の水面に
  大きな波が一つ立ち

  無数の光る
  鳥の群れとなって
  月面を満たす 光の海から
  顔を出し 身をよじり
  水面を蹴って 羽ばたいていく

  鳥の群れは
  真空を飛んでいく
  光る風となって
  星の袂をあとにする

  仮の宿を去っていく
  光の鳥が いなくなるにつれて
  月は 瞬く間に欠けていき
  やがて半月となり
  三日月となり
  闇に沈む

  新月となった

  光の群れは
  しばらくの間
  天の河の岸辺に遊び
  蛍のように飛び回った後
  やがて 思い思いの方角へと
  散り散りに 消え去って行った


  私は 望遠鏡をおろし
  長いため息を吐いた
  それから 目を、ぱちくりさせる

  何も見えない

  その時
  私の周りを包んでいたのは


  全くの闇だった


自由詩 月あかりの羽ばたき Copyright まーつん 2013-02-27 16:16:46
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