温い感触の鎮魂歌
ホロウ・シカエルボク





氷りついた床の上に投げ捨てられたセンテンス、凍えて縮まりながら自分の存在が亡きものになるのを待っていた、どうしてそんなことを思うのかって?決まっているじゃないか、そいつは投げ捨てられたんだ、投げ捨てたやつがそのときなにを書いていたのかなんておれには判るべくもないけれど、センテンスが必要なものなんて限られてくるよな、想像してごらん、センテンスが必要な…必要なものなんてないのかもしれないけどさ、本当は…詩か小説か、あるいは歌か―もしかしたら温度に迷ったままのラヴ・レターかもな、とにかく、そいつは投げ捨てられてしまったんだ、氷りついた冷たい床の上に、投げ捨てられたってことはもう必要がなくなったってことさ、あとは潔く死を臨むのみだ―息があったって冷たいだけだしさ


なんらかの理由で途中で忘れられたいくつかの言葉の切れっぱしをまとめてごみ箱に放り込んだ日の夜、夢の中でおれが聞いていた年代物の真空管ラジオから聞こえていたのはそんな言葉だった、夢の中のおれは現実よりもずっといい部屋に住んでいたぜ、地中海のリゾート・ホテルみたいなヌケのいい部屋だった、窓から海が見えてさ…!考えてみりゃそんな部屋じゃないと年代物のラジオなんて似合いはしないよな、ともかく、甲高い声のディスク・ジョッキーは巻き舌でそんなことをくっちゃべっていた、ようD・J、あんたもまるで出来上がっちゃいないじゃないか!あんたが垂れ流しているそれは詩なのか小説なのか?はたまた歌か、それとも温度に迷ったままのラヴ・レターなのか?突然にそんなものを聞かされる方の身にもなって喋って欲しいな、不意をつかれておれは困惑してしまった―もっとも、夢の中で起こることにいちいち困惑してたら、脳細胞がいくつあっても足りゃあしないけどさ…少なくともそんなトークは、ちょっと気の利いたポップ・ソングや、まるで気の利かないハード・ロックや、気を利かそうなんてまるで考えもしていない古臭いロックンロールなんかの煽り文句に使うには、ちょっといろいろなものを含み過ぎてるぜ…そんなことくっちゃべってたら、チャック・ベリーが例のステップを踏み損ねてしまうぜ…!おれは途中から自分が夢を見ているんだってことに気がついていた、だから、目を覚ました後もこのことを覚えているように努めて眠り直したんだ、目が覚めてもバッチリとこの夢のことは覚えていた、だけどもうD・Jの言葉について考えてみようという気持ちは微塵もなかった、あの真空管ラジオは二度と震えだすことはないだろう


いくつかの言葉は、あるいはいくつかのフレーズは、誰の目にも止まることなく葬られるべきなんだ、それがどんなに気持ちのこもった、出来のいいものであったとしてもさ…ひとつの詩篇として完結することが出来なければさ―手ごたえなんか気にしちゃいけない、書き連ねているものに愛情なんか持ったりしちゃいけない、すべてをどこかに捨てていくつもりで書いていかなければならない、捨てるべきものを残してしまうと、そのあとになにを継ぎ足したところで永遠に恰好なんかつきはしない、永遠にだ、永遠にだよ…思い入れてしまった、愛してしまったそのセンテンスを捨てない限りはさ―なんのために書いているんだ?言葉のままで済むようなことならそいつは言葉のままで置いておけばいい、わざわざ詩なんて名前のコートを着せる必要なんてないんだ


おれは鉛筆を手にとって破れたレポート用紙に昨夜捨てたセンテンスの墓場をこしらえた、これは本当は詩にしなくちゃいけないことだ―そう、思いながら。







自由詩 温い感触の鎮魂歌 Copyright ホロウ・シカエルボク 2013-02-18 00:13:43
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