古い社の杜
月形半分子

この杜にも春が訪れたのだなぁ
木々の間をいつの間にか青々とジャゴケがおおい始めているではないか
ほら、何やら土の中から音がする
あれは土をはむ音
あの無酸素にも耐えうる土壌生物たちのお目覚めだ

音といえば、春は水音から賑やかになるな
朝露が枝葉やスギゴケからポツンポツンと滴り
涌き水はいく筋にも別れさらさらと流れ池にもたまる
森が雨に打たれるのも春の音のひとつかも知れない

雨に濡れ泡で膨らんだ卵塊から、とうとう命の孵る日がやってきた
よくお聞き、あれは一匹、一匹、オタマジャクシたちが池に帰っていく音
喰われる命の数を超えて生まれた命が森に旅立っていく、始まりの音だ
アオバヅクの卵はどうなっただろう
春にきまって森にやってくる夫婦ものたちの事だよ
親鳥たちが子育てに忙しく飛びまわり始めると
森ではいっせいに羽化が始まるからね

まさにこの時こそが春の到来のすべて
私はオニグモ、この古い社の杜の住人
知っていたかね
私はこの春をずっと心まちにしていたのだ
腹にたんまり糸を溜め込んでね
私の自慢の捕帯も調子がいい
さぁ、とっておきの場所に巣を張るとしよう
ごらん、私の最初の糸が風に乗る
きらきらと きらきらと





自由詩 古い社の杜 Copyright 月形半分子 2013-02-11 02:40:43
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