応答せよ、応答せよ
すみたに
2月2日9時39分、雲ひとつない晴天、無風、湿度十六。
応答せよ、応答せよ。キリキリっという雑音が混じった青い声が鳴っている。
ポスターの陰で砂埃を被った無線機、その傍らには血溜まり、首元には紙袋、その中には食べかけのハンバーガー、蛇のような縄が縛りつけている両手には、写真の剥がれたパスポート、鼠の齧りあとがけしかけた名前には、見覚えがあった。拾えるものは拾っておこう、まだ破れていない靴も、無線機も。
応答せよ、応答せよ――
もっと繰り返せ、繰り返して聞かせて欲しい。虚しく響けば響くほど、慰めになるんだ。
雑音――ガガ、ガガ――雑音が已まない
誰か応えると思ったが――それは確信に満ちていたが――上空を黒雲のような軍機が飛んで一つ、また一つ、下りて来た、太古の化石たちが血肉を吸いに、蘇るがため、背後より俊敏に噛みついて、喰らい尽くす。そしてはちきれた雷光があちこちで炸裂する。瞬間にして骨組みばかりの街で、微かな力は全て燃やされた。
雑音――タタ、タタ――雑音が已まない――ギィ、ギィ――軋んでいる放送
どうにか逃げ込んだ、崩れかけのアパートに掘られた地下室、煉瓦の隙間から漏れる赤茶色の地下水、錆び付いた椅子が座るものを待っている、傍らにおかれたコーラは、今や懐かしの味、無数の気泡は硝子にへばりついて、離れていこうとしない。
風と擦れ違う燃え尽きた街で、歩きまわって拾い上げた破片、眩しく日光を反射する銀の板、久し振りに鏡をみると今日はどうしてこんなに剃刀が鋭いのか、と思う――あの日手渡された最後の一枚、それは紙幣ではなかった。くすんで映される私の顔、歪曲して蒼白い、どうせ鮮血なんて出ないだろう。ハハハ、ハハハ、ハハ、笑い転げて、銃声一つ、傀儡のように斃れた男。
刃先を握りしめても、生臭いシンクに一枚一枚、散ったポインセチアが重なるだけ。唇がきれいに裂けた、顎先がとても温かい。きっとまだ死んだばかりだから、肩を揺すって呼びかける、名前を、大声で名前を、そして壁に打ちつける頭。銃弾一つ縁がなく、休み一つ与えられず、何が与えられた? 果たして何が与えられた? 無線機にカミソリ、戦利品、これが私の求めたものか。
応答せよ、応答せよ、逃亡でも敗北でもないと、証を見せろ。――汚れてしまった白シャツが、風に膨らんで汗を乾かす。残骸から伸びる影がたなびいている。私はとうとう一言応えた――そして無線機を手に、バスに乗り込んだ。チケットを切る指先、爪は分厚く黒ずんでいた。
バスの搭乗員の、陰謀に満ちた視線に、太い指先に屈するな。砂漠じゃこれから八時間は揺られていくんだ、腹は大丈夫か、首は耐えられるか、呑み込んでおけ、唾液一滴出てこない口に何とか水を押し流せ。遠望に岩塊があれば注意せよ、巨大なサボテンがあれば注意せよ、蜂の大群は容赦しない。――眩しさのなか、私は窓の外を眺め――そして呟いた。だからどうしろと。