エッセイ ハエを逃がしてやったこと
Lucy
寒いので今日は職場も窓を閉め切っていた。
すごく大きなハエが建物の中に入っていて、窓に向かってぶんぶんじたばた暴れ中なのをみつけた。
その真四角の窓は、太い木の枠に囲まれていて、上の部分の留め金を外すと斜めに内側に倒れる形で、少し開くようになっている。
私はハエのためにあけてやった。
その木の枠を乗り越えさえすれば、外に出られるのだ。しかしハエにはそれがわからない。
ガラスにへばりついている彼にとって、木の枠は世界の限界でしかない。とにかく目の前のガラスの向こうに、外の世界が見えるから、そこに自由があると思うものだから、ひたすら直進しようと焦るばかり。
ぶんぶんじたばた死にものぐるいで、無駄な努力を続けるばかり・・。
わたしは、声に出して言う。
「ちょっと、後ろへ下がってみてみればいいのに・・・。」
そう、ちょっと後ろへ下がってみる、すると視野は開け、自分のおかれた状況が解り、思いもよらない出口がみつかるかもしれないのだ・・。
しかし、人間にもハエにもそれができない・・・。などと思う。
そのへんにあったプラスチックの透明のファイルケースを持ち出して、ハエの限界を狭めてやる。ハエはそれにも気づかず無駄な直進のためにアクセルをふかし続けていたが、とうとうその箱の内側の壁に一瞬だけ移動した。
つまり、ちょっとだけ、後ろに下がったのだ。
その一瞬を逃さず、私はその箱をあいている窓の隙間にむけて素早く移した。移したと思った瞬間、もうハエの姿は見えなかった。
彼は飛び去ったのだ、おそらく再び自由のなかへ。
飛んでいく姿を確認することはできなかったけど、私は安堵してゆっくり窓をしめた。
ハエ君おめでとう。君は私に感謝するだろうか・・・。
外は寒く、それからまもなく、晴れていた空がみるみる曇り、激しいにわか雨が降りだした。
(2010年9月)