ランドセルから定規
村田 活彦

プラスチックのじょうぎをカタカタいわせながら
後ろから走ってきたから
こうちゃんだとすぐにわかったけど
ふりむかないでそのまま歩いた
そしたらドーンと背中に勢いよくぶつかってきた
「どーん」と口に出しながらぶつかってきた
むっとして後ろを向くと
くしゃみをがまんしてるパグ犬みたいな
つまり鼻の穴ふくらませてまゆにしわをよせて目をひんむいた
おとくいのヘン顔作ったこうちゃんがいて
思わず笑ってしまう

クラスで僕だけさかあがりができない
だからこうちゃんは
いつも公園の鉄ぼうで練習しようとさそってくる
最初のうちはちゃんと教えてくれたけど
このごろはあきてきて
今日なんか鉄ぼうわきのベンチのところで
図書室でかりてきた昆虫図鑑を読んでる

「アサギマダラは
水色にすきとおった美しいはねをもつチョウです。
このチョウはわたり鳥のように旅をすることで有名です」


しょうがないので
ひとりで鉄ぼうにつかまる
赤サビのぬるっとした手ざわりと鉄のにおい
いずみ酒店のビールケースを踏み台にして
足をふりあげる
空がぐるん、と回る

「春、アサギマダラは南から北にわたり、
夏にはひょう高1000メートルくらいの
すずしい土地ですごします。
そのあとふたたび秋に南へ大いどうします」


ぐるん、と回ったさかさの世界は
だけどあっというまに終わってしまう
がくん、とうでがのびてしまって
ばたん、と地面がくつのうらにぶつかる
ジャングルジムとイチョウの木が立っている
公園の景色が目のまえにもどってきた

「毎年、数万ひきのはねにマークをつけて
旅のひみつをしらべます。
そのけっか、おきなわやたいわんまで
飛ぶことがわかってきました」


こうちゃんは50メートル走がクラスでいちばんはやい
虫にくわしいけど国語と社会がきらい
2学期になって転校してきたばかりのぼくと
なんで一緒にいるのかよくわからない
たぶん今日もくもん式をさぼってる

「さいきんではわかやまからほんこんまで、
2500キロを飛んだきろくもあります」


なんどもビールケースをけっては
なんども空が半分だけまわって
そのたびに引きもどされる
さっきまで晴れていたのに
ねずみ色の雲がだんだんひろがってくる
何十回目かに鼻を鉄ぼうに思いっきりぶつけた
鼻の下をぬっと熱い感しょくが流れて
地面にぼたっと大きな赤いしみができた

なあ、こうちゃん
もう帰ろうよ


こうちゃんは図鑑から目をあげ
くしゃみをがまんしてるパグ犬みたいな顔をした


自由詩 ランドセルから定規 Copyright 村田 活彦 2013-01-17 07:59:26
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