鍵のない部屋
かんな


鍵のない部屋にわたしと
きみがいた。年明けにツタヤからレンタルしたマンガ本を
読みながら会話をすることもなかった。
窓際にはカラーボックスが一つある。
「よくわかる地理」や「日商簿記3級」「神経情報生物学入門」
といった書籍がある。本とは何だろう。
情報だろうか。真実を見つめる道具だろうか。
きみとの会話の糸口だろうか。
その隣にニトリでよく展示してるようなスタンドミラーがある。
わたしときみをよく映し出していた。
ダイニングテーブルの四脚のイスの一つに座って
本を読むきみを尻目に、わたしは鏡に向かった。
体重の増加が気になり、ウエストラインが気になるこの頃であった。
着ていたカーデを脱ぐ。
その下に着ていたカットソーを脱ぐとキャミソール姿になった。
その後ろで
ちら、ときみが視線をこちらに向けたのを確認した。
洗濯機の脱水の音が室内に響き渡るとしばらくして
ピーピーと停止音がした。
以前より少し肉厚になった尻にフィットしていたジーンズを脱いだ。
ちらり。ショーツとブラの上にキャミソーツを着た
だけのわたしの姿が鏡に映って。いるのをきみが見ていた。
イスからこちらに歩を進めながら
わたしの表情をうかがう。どうしたの。という風な疑問符を描く。
どうもしないよ。とあっけらかん。
着替えてそろそろ出掛けようかと言うと。
そういえば鍵がないね。そうだね。そうかそうか。
といった風にきみは窓から空を見上げた。
あの空から降り落ちてくる雪の結晶の
どれかがこの部屋の鍵の型に一致するんだ。
スタンドミラーの前のわたしはきょとんとしてそれを聴いていた。
雪は降っていない。
まあゆっくり鍵が降ってくるのを待っていようか。
正月休みというのはそのためにあるんだよ。
知ってたかな。いや知らない。そう。
会話が淡く溶けていくような気がした。春の近さを勘違いしてしまう。
わたしも窓から空を見上げた。
もう少しふたりきりでいようか。






自由詩 鍵のない部屋 Copyright かんな 2013-01-06 10:17:26
notebook Home 戻る