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はるな
偉大なもの。時間、鳴る体。体温,天気、あらゆる液体の性質。またいつの間にか伸びた髪の毛を黒く染めた。これはもしかしたらひとつの儀式のようなものかもしれない。酒好きの男に恋をしていた十八ヶ月のあいだ、わたしの髪の毛が黒いことは一度も無かった。洋服も黒いものを着る。知らない街にいる間には色彩のつよいものを積極的に着た。そういうのはいくらでもある。色も、匂いも、かたちも。不思議なのはひとつ場所を替えるたびに戻ってきたと感じることだ。わたしに、次にまた行く場所があるなら、それはやっぱり何かしらなじみのある懐かしい何かなんだろう。戻ってきた、と感じながら、いつもここがどこなのかさっぱりわからない。どうして、どうやってここまで来たのかも。
ここにはなにもない。時間も、音も、体も体温も天気も、
あらゆる液体もなにも。なにもない。時間も。夜も、朝
も、ひかりと影も。それなのに、強烈に自分だけがある。
わかっていた。やっぱり海には出られないのだし、舟になることもできない。陸にいたって風を捕まえられないし、かといって待つひとになれるわけでもない。歩くのには寒すぎる。さっきスーパーマーケットの前で若い男女が重なり合って凍っていた。ぜんぜん美しくなかった。それは世界じゃない。世界はこの外にはない。わかっていた。だれかと同じ世界では生きられない。誰も、誰かのことを理解することはできない。それぞれはただそれぞれに存在していて、その無価値性だけが真実に尊い。わたしは、自分を好きでいるためにしか他者を好きにならない。きりんがぞうのために泣くのだとしても、わたしにはできない。わかっている。それなのに、また前のめりに、人を好きになってしまう。