流刑
綾野蒼希

私は今日法廷に立つはずだった
どうやってそこから逃れられたのか
あるいはこの人気のないプラットホームこそ
私の足に踏み潰された新聞は明日のもので
線路の上に猫が一匹迷い込んでいる
友人の携帯電話の電源は切れたままだ
仏間の障子を破った息子は今ごろ
言葉を逆さまに覚えているのだろう
〈がのもいなはでうのき〉
〈るけぬりすをどま〉
駅に来る前に見かけた納屋
そこで若い男が鎌を振り上げる様を
私は自分に向けられた悪意だと感じた
(恐怖は頑なな少女のように
最後の貞操を守っている
その堤を決壊させるのは
むしろあの若者の手ではないだろうか)
何も置かれていない
忘れ去られた博物館をめぐっていたい
どこに行ってもやはり何も置かれておらず
忘れ去られているままの
そして私はこれからあらゆる方角の地平線を
あらゆる方角の水平線を
嫉妬まじりの眼差しで見つめるつもりだった
姉から奪ったものは二つ
死んだ母の入れ歯と
夫であるピアノ調律師の肉体
歴史がゆっくりと瞼を閉じたとき
最後に目にしたものは黒鍵でも白鍵でもない
この私だった
バッグを線路に投げ捨てると
猫が驚いて向こうの草地へ飛び込んだ
二両編成の列車がすべり込んできたとたん
子どものころに夢見たものが
少しずつ少しずつ 消えて いっ て――


自由詩 流刑 Copyright 綾野蒼希 2012-12-16 16:05:01
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