名言
竜門勇気


あのですね。僕は名言が好きです。
その妥当性はともかく、正しいかどうかなんて置いといて、何か変なパワーがある言葉が好きなのです。

さっきふと思い出した名言について一人で、賞味期限の切れた乾パンをぼそぼそ食いながら考えていて、
突如としてこれは世界中に発信しなければいけない、でなければ裁きを受けなければいけない、という変な声が耳の奥から聞こえてきたので皆様にお伝えしたいと思います。

ギターウルフって御存知ですか。
なんだそれって思う人もいると思います。それも致し方無いですが、そういう人が、っていうかバンドの人達がいるんです。なんかそういう集まりみたいなのがあるんです。
で、この人達はいわゆるガレージ・ロックってな感じで、知らない人に言うと極端にでかい音が出てればいいんだ!という思想の持ち主が三人集まって極端にでかい音を出すバンドの人たちです。
矢沢永吉にLSDを叩き込んだ後作らせた曲を倍速で、尚且つボリューム全開のクソラジオで受信したようなバンドの人達です。

その人たちが一時期オリーブ少女なんかにロックンロールのアイコン的な存在として一瞬盛り上がった時期がありまして、メジャー移籍してアルバムを出した頃のインタビューをその時期に僕は読みました。
詳しいことは忘れちゃったんですけど、要約すると、
ピニニピニニってとこが難しくて、上手くひけなかったんだけど、
ツアーをやったら上手くなってひけるようになったから
しばらくギターをさわらないようにしてまたひけないようにします

みたいなことを偉そうに言ってました。
ちょっとはにかんで言ってました。インタビュアーに笑われてました。

これはちょっと聞いた感じではもうギャグとかのたぐいに見えますが、ギターウルフはいつも誠実です。
変なことを言うようですが自己実現は”努力”以外でもなせる、または”こうなりたい、こうでありたいという自分に近づくためにするのは苦しい方法だけじゃない”ということが
ここで提示されているように僕は思うのです。
どこかへ向かうことって僕は理想への道であると同時に自分自身から遠ざかることでもあると思います。
今が心地いいのに無理して高見へ登ることは、はたから見てて感動することもありますけど、結局なにが自分の幸せかわかんなくてもがいてるだけじゃねえの?とか思ってしまいます。
(僕は自分を肯定するためならなんでもする汚いやつです!!)

でも「自分」が「幸せ」ってむずかしいですよね。
「他人」の「幸せ」ってこっちで決めれるから楽ですけど。
だから僕は事あるごとに、「自分」ってどうしたら納得するんだろう。
「自分」はなにを納得したいんだろうって考えています。
この前から、自分の詩とかを読んで考えています。
多分、僕の詩から察するに、僕は悲しいことやさみしいことや、なにもかも嫌になって沸いてくる暴力的な衝動は必要だけど無意味だってこと。
そしてそれをわかってしまうことは、受け入れることは
誰かに負けたり勝ったり劣ったり勝ったりそんなことじゃないと。
本当は勝ったりまさったりしたいけど、それは
だって勝てないし戦ったら負けるから誰とも争いたくないし
争ってもし勝ったら悲しくてしょうがないし
でも他人より劣っていたくない 優越感ぐらい それぐらい
どうして俺だけ いつも欲しい物だけ手に入ら
  負 け て る で き な い 
僕 に だ け し て く れ な い 
   お前も お前も お前も
悔しい 悔しいから頑張ったのにまだ悔しい いつまでも消えない 傷だけが癒えて 痛みが消えない
いつまでたっても苦しい辛い時にだけ話せない言葉が出ないままで仮面の出来が良くなる
まるで本当の顔みたいだ
鏡の中でも幸せな自分しか見えない 無意味だってこと 無意味だけが味方です。
もうなんかそういうことです。
難しいこと考えるのはよしましょう。
おしりかじり虫のこととか考えて僕は一生を終えることにします。


散文(批評随筆小説等) 名言 Copyright 竜門勇気 2012-12-15 09:35:02
notebook Home