婆ノ衣
服部 剛

「焼ぁ〜き芋ぉ〜、
 石焼ぁ〜き芋、焼芋ぉ〜」

日も暮れた
裸木の並ぶ川沿いの道を
赤ちょうちんの焼芋屋が
ゆっくり ゆっくり 歩いてく

後ろからもんぺのふところ
じゃらじゃらと小銭を鳴らし
小躍りする少女はポンコツ車を追いかける

( あれはきっと
こたつで足をあっためあった
婆ちゃんとみかんの皮をむきながら
「買っといで」とわたされたんだろう )

すてん! ちゃりんちゃりん ・・・

夜道の小石につまずいて
金と銀の丸い滴は転がり落ち
暗い川面かわもに輪がつらなった

少女のひざに 血の花が 滲んで咲いた
水晶の目からは ぽろ ぽろり

肩を落として家に帰ると婆ちゃんは
芋のことなど気にもせず
「おやおや可愛そうに」と
小さい丸ひざに
しわの指でつまんだ赤チンを塗りました

*

20年後・師走の夜
職場に辞表をだした「少女」は
うつむいたまま駅の改札を出て家路につく
幼き頃の故郷から遠く離れた空の下にも
川沿いの道はあり
水面には
冬の冴えた月が
ゆらゆら揺れておりました

背後から
いつかのポンコツ車が赤いちょうちんを灯して
ゆっくり ゆっくり 歩いてくる

「焼ぁ〜き芋ぉ〜、
 石焼ぁ〜き芋、焼芋ぉ〜」

「ほっかほかで
 ほっくほくの、お芋だょ」

北風に はこばれる 懐かしいうた

(一人暮らしのアパートに帰った「少女」は
 スーツを脱いで もんぺを着るだろう
 重い腰を落としてこたつ布団に足を入れるだろう)

近所の八百屋で買ったみかんを
本棚に置いた婆ちゃんの写真に供える

「20年前」からみつめる
婆ちゃんのあったかいまなざしが

「だいじょうぶだょ」

つぶやいて
疲れきってしぼんだ心の傷口に
赤チンを塗ってくれているような気がする
年の瀬の夜

 
  
    * 初出 同人誌「母衣」・創刊号 


自由詩 婆ノ衣 Copyright 服部 剛 2004-12-19 21:37:04
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