北の亡者/Again 2012霜月
たま
も吉と歩く
何もない冬の午後
も吉と歩く
はたちの頃 一年ほど日記をつけた
何も残せず ただ消えてゆく日々が
とてもこわかった
時間はたっぷりあったのに
いつもの散歩道
水路は涸れて 空の色も映らない
メダカや鮒はどこへいってしまったのか
雑草のタネを顔にいっぱいつけて
も吉は糞をしている
何も残せないからといって
あんなに苦しむなんて
冷たい季節風が
わたしの生命をあらう
よく生きてきたね
いろいろあったね
まだまだつづくよね
そんなふうに呟いては
トントンと背をたたくのはきっと
北の亡者にちがいない
冬は蘇生の時
今日は何も残さなくていい
そんな気分がうれしくて
も吉とふたり
遠回りして歩く
(一九九七年作品)
※
あれから、いくつ
冬を数えただろうか
ことしも星が降るように枯葉が地に落ちて
それは
北の亡者の数えきれない足跡なのかもしれない
ひとつとして
同じものがない
生きてきた日々のように
遠くからやってくる未来のように
書くことは、読むことだから
わたしは、わたしの詩を読みたくて書いている
日記はいまも書かないし、書くこともないだろう
だから、こうして
詩を書いているのかもしれない
それは、遠い記憶が
未来からやってくるようなもの
再び、出逢って学ぶために
わたしの詩は、明日のわたしだけれど
書けない日々があったとしても
何もこわいことはない
たぶん
も吉と歩いた、遠い日々が
帰ってきたのだと思うから
も吉の骨は父の墓のなかにある
わたしもそう遠くない未来に白い骨になる
そうしたら
また、一緒に暮らせるだろう
生きていても、死んでしまっても
わたしはこの街にいて
おまえもここにいる
ずっと、ここにいて
ずっと、冬を数えている
未来は永遠にやってきて
わたしは歩きつづけるだろう
色とりどりの
北の亡者の足跡を、踏みしめて
おまえとふたり
いつもの散歩道