海老坂
綾野蒼希

その急坂には海老が撒かれている
富山湾沿岸から脱獄した大量の白海老は
植物油にまみれ
砂糖 食塩 黒胡椒に寄生され
取り返しのつかぬ形状で撒かれている
絶唱さえも奪われたまま

その坂は もともと死体の山だった
死体はもっぱら海老にしか――
とりわけ白海老にしか食指が動かぬようで
勝手が違った
坂にするなど 誰が言い出したのか
だから私は海老を撒かなければならない
そこに 死体どもの舌の上に

いつだったろう
どす黒く 唾液に満ちた味覚の中へ
かつお さば ほたてを含有した
魚介エキスパウダーを振りかけたことがある
そのとき
彼らから白海老になれと命じられた
私はうなずくかわりに 毎日
白海老を持ち込むことを約束したのだ

(白海老のからだは透き通っていて
 わずかにピンクがかっている
 死ぬと乳白色になる
 なるほど 死体どもがうなるはずだ)

さて この坂の果てに
いったいなにがあるのか
一説によると――
巨大化した海老が暮らしていて
死体どもから摂取するらしい

私は 餌づけをしているわけでも
ましてむやみに肥やしているわけでもない
死体どもの命令と欲求は執拗なのだ


自由詩 海老坂 Copyright 綾野蒼希 2012-11-26 10:40:59
notebook Home