となりまち
Ohatu


 いつものように新聞を見ると、
 何枚かめくったあとにあった小さな記事が
 「となりまちが火事だ」と伝えてきた。

 この街にも大勢の人が居るし、となりまちも同じだ。
 たまに火事になったといっても不思議ではない。
 そう言えば、兄貴の昔の彼女は消防士だったな。
 
 女なのに消防士、なんて言っちゃいけない時代だが。
 それでも皆が陰でそう言っていたんだから、仕方が無い。

 人間は、醜い生き物なのだと習った。
 「俺はきれいだ、きれいだ、きれいだ」と騒ぐやつには気をつけなさい、と。
 醜さは、隠さなければ、ただの真実。真実に良いも悪いも無い。

 それより、自分の醜さを、背を丸めて隠し、誤魔化し、
 そのくせ誰かの晒した醜さを徹底的に嫌い罵倒し馬鹿にする奴こそ、真に醜いのだ。
 自分の醜さを受け入れられない奴が、他人のそれを受け入れられるはずはない。

 そう言えば、兄貴の昔の彼女には、大きな火傷の痕があった。
 仕事で負ったというその火傷を母は嫌っていた。
 そんな母は晩年、顔のしわを隠そうと、高額な化粧品を黙って買って父を困らせた。
 兄は母を蔑み、結婚し、家を出た。

 母の執着は収まらず、父を困らせ続けた。
 近所に綺麗な女性が居ると、すぐに整形だ何だと噂をまき散らした。
 ある人を馬鹿にし、ある人の足を引っ張り、自分のことは隠しとおした。

 となりまちに、その母が住んでいると思いだしたのは少し後だった。
 だいぶ前、僕と兄の勧めで、父は母と離れ、母は家を追い出された。
 母のあまりの醜さに僕たちは身の危険を感じたからだ。

 もうすぐ選挙だと、誰かが言った。
 醜さを隠す者、晒す者。醜さを受け入れる者、拒む者。
 大人たちが人に言えない醜い感情を、紙切れに書いて小さな箱に入れるのだ。
 あいつはいけ好かない、悪いことをしているに違いない。
 あの人はかっこいい、タイプの顔なの。
 いや声が好き。ネクタイが。他の人を攻撃して気持ちが良い。
 流行りだから。誰に入れても同じだから。
 あとは年金を貰って死ぬだけだから。
 若い奴らが怠けているから、こうなったんだ。
 俺の時代は…。年寄りが日本をダメにした。
 俺たちは年金も貰えない。キトクケンエキ。
 関係無いね。

 その醜い物の詰まった箱は、適当な醜さを椅子に座らせる。

 そしてまた、誰かが「騙された」と騒ぎだす繰り返し。

 国が壊れ果てるまで、醜さが積み上がる。
 
 新聞を読み返したが、どうも被害者は母ではなかった。
 このときの得体の知れないどうでもよさが、
 投票用紙を置き、鉛筆を持った指先を通って、箱に吸い込まれた。

 醜い大人たちが、最も醜い代表者を選ぶ。
 それはとても自然な出来事。
 とてもきれいな、崩壊の順序。





自由詩 となりまち Copyright Ohatu 2012-11-19 12:31:06
notebook Home 戻る  過去 未来