日曜日の夜
はるな
安いワインに合うつまみばかりくわしい男のひとのことを好きだった。朝といっても良いくらいの深夜にいつもちがう場所でお酒を飲みながら、ぽつりとそういうことをつぶやくので一度など缶詰と大きなライターをコンビニエンスストアーで買って道ばたで食べた。ずいぶん辛抱強く缶詰を炙っているので、夜が明けきってしまって。そのとき食べた缶詰が、いままで食べた魚介のなかで一番感動したものだ。
人の通らないしずかな道、コンビニエンスストアーの明かりがだんだんと目立たなくなってゆくさま、場違いに香ばしい缶詰の匂い。
とくべつ酔っぱらったときにだけ煙草を吸いたがるひとで、それも、一本ちょうだい、と言ってすぐに火をつけては、残りはあげるね、と一口でこちらへ寄越してきて、それでいてもう一口ちょうだい、とわたしの手元へ口を寄せてくる。それが、たまらなく、うれしかった。いつも。
風流というか、江戸っ子のようなひとで、和服がよく似合ったし、季節の催しがなんでも好きだった。初鰹とかお月見とか。食べものが好きだったのかもしれない。でもわたしは、彼を前にするとちっとも食べられなくて、それでいつも彼をつまらながらせた。
今ごろ、だから、昨日かきょうか、それともおととい、新しいワインを開けているだろう。どこかで。誰かと。きっと一人ではないだろうな、と思う。
果物みたいな、牛肉みたいな、新芽みたいな、良い匂いのするひとだった。
指がながくて、すてきだった。
はじめて会う前から、すでに彼のことを好きだった気がする。
黒猫が描かれたラベルの安いワインは、彼よりももっとずっと前に知り合った男のひとが教えてくれたワインだ。
そのひとのことも好きでしょうがなかった。でも今は、たまにこうして、黒猫のワインを見るごとに思う程度だ。それも、過ぎ去った良い時間として。もう終わった良きものとして。
スポーツニュースを流しっぱなしにしたまま、ソファで夫が寝息を立てている。あまりに穏やかな、絶望的なくらいに穏やかな、毎日訪れる奇跡。
(夫は、好んではワインをのまない)。
こっちが日常だ、と、口に出してつぶやけば、たちまちすべてが嘘のように思えてくる、日曜日の夜。