無音変奏曲
由比良 倖

あなたは見えない涙を流して泣く。未来がないのだ、と。すべてのドアは閉じられてしまった。窓を開けても、きっと見えるのは、ここよりももっと暗いところだ。音楽は盗まれてしまった。私はもう何も感じない。何も感じない。

標本を並べる。小さなワニの剥製なんかを。理科室にあった、それは、まるで生きているみたいだった。女の子たちが呼んでいる。僕はエアガンを用意する。壁に並べられた、思い出は見えない。見えない方に向かって、僕は虐殺を繰り返す。

ここは昔、僕の子供が住んでいた平面/平原だ。宇宙はひろくひろくどこまでもどこまでもたいらたいらだ。気持ち悪くなったので、僕は自分宛の脅迫状に返礼を送る。誰かがドアをノックするだろう、致命的な音を立てて、僕はそれに応えるためのナイフを持たない。

誰かが誰かに誰かが誰かを好きだと言っているのを僕は日記に書いた。それから、誰かが誰かのことで泣いたらしい。それもとても残念なことだ。誰かが誰かであって他の誰かで無いことがときどき悲しいけれど。僕には関係ない。

父が宇宙船の所有者であって、それを誰にも譲る気が無いという夢を見たと父が言っていた。子供のうちの誰に譲るか考えて、それは僕では無かったらしい。でも宇宙船は宇宙人に持って行かれたらしい。そして父はそんな夢を見てはいない。

父と母が並んで眠るベッドの間で、こどもはマッチ箱から逃れられないでいる。外で男の叫び声が聞こえたので、屋上に上がりたいと思う。屋上からは、戦場が一望できるだろう。マッチ箱の戦車は一撃で数百人を粉砕できるだろう。しかしこどもは動かないマッチ箱から目を背けられないでいる。そしてこどもには手がない。

くまはくまより強い人間には勝てない。くまより強い人間が、くまのいる森に入っていった。毎日多くのくまを素手で殴り倒し、ついにはその森にくまは一頭もいなくなってしまった。くまより強い人間は捕獲され、くまの脳みそと毛皮を移植された。森に放されたくまより強い人間は、その森で最後のくまとなり、そして誰も襲うことなく一生を終えた。

花なんていらないとあなたが言う。それよりもこれぐらいの大きさのものをちょうだい、と、あなたの描いた図形は、宇宙の始まりから始まって、宇宙の始まりで終わっていた。僕はドリルであなたのこころに穴を開け、そこに空間を吹き込んだ。あなたのこころは、こわばっていたので、僕は涙を買ってきて、あなたのこころを湿さなきゃならなかった。あなたは段々透きとおっていき、コーヒーが飲みたいと呟くと、僕が出ているあいだに、あなたは消えてしまった。


自由詩 無音変奏曲 Copyright 由比良 倖 2012-11-18 20:32:36
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