∫ポルターガイストd幽霊

 チョークの粉を床に撒き散らして、線だと言った。冬だった。空襲の雲が押し寄せてくる。たまらない。教室はがらんどうで、さざめくのに姿が見えない。ただ音だけがそこにいるような、ジュークボックスのような、色は静謐だった。天井が低くなって、教師の声が聞こえる(気がする)。目だけ血走らせて、おれはじっと凝らしていた。おれは、テーラードジャケットの襟を握り締めて、頚動脈を圧迫する。迎え撃つために。誰を、かはわからないけれど。チャイムが鳴る。呪術師と葬礼のきっかけ。ここは廃校だった。おれは廃校を迎え撃つのだろうか。廃校を。靴を何度か見て、タップダンスのリズムを刻む。てんでばらばらだけど、おれはどうやらふるえていない。たばこの弾数は十発、チェーンスモーキングで死んでいった兵士たちがおれの引き出しに眠っている。「あいつってさあ」耳をねじりあげて、呪術師が護摩壇を炊く。にわかに焦げたにおいがする。掲示物も、壁紙も、すでにすべて剥がれていて、滅茶苦茶に。(荒らされた室内でおれが貧乏ゆすりをはじめる。生き残ったのはおれたちだけだ。そこいら中に響くその声は澄んでいる。均等すぎるくらいだ。透明な布。帷子の。廊下に転がりまくった猫の死骸をよけて歩いていって、理科室まで辿り着くと、百頭の標本が机の上に乗っている。アイコラ作りが趣味だったあいつと、フィギュア集めが趣味だったあいつが一緒になって作ったものだ。魚のかたちはかんたんだった。女はみんな魚のかたちをしている。そのために死んだのは、目の煤けた女の子だった。ちょうどこれくらいの寒さのときに、泥酔して、屋上で貯水タンクに寄り添って死んでいた。死体からは何人かの精液と金貨のにおいが染み付いていた。股座に包丁が突っ込まれていて、柄の部分まで濡れていた。標本作りに携わった男たちは全員貯水タンクに顔を漬けて死んでいた。何百人か、何十人か、置き忘れられた玩具みたいになった。廃校はそのときに近付いていた。)おれはシャーペンを噛みながら、呪術師の瞳孔を見つめた。ミイラになった百頭の色だけは、それでもまだ明朗としたピンクなような、色があるような、そんな感じがする。「この分だと三時間はかかる」と呪術師の声がした。呪術師の色は、よくわからない、イヌイットという文字だけから想像されるような、不確定な毛皮で、おれは頷くわけでもなくて、たださっきよりも強く口の中のものを噛んだ。(たばこがすべて護摩壇にくべられてしまった)やがて行き詰ったのか、少しばかり出て行ってくれと声がしたから、廊下に出て、並んだ死骸の数を数えていくことにした。数えながら、おれはライターを付けたり消したりを繰り返していた。その度にざわめきは止んで、怒号や、悲鳴が、遠くなる。(おれはいつの間にか制服を着ていた。詰襟で、校章はきっと誰かに剥がされてしまって、みっともない抜糸痕で構成された長方形が、それを示唆している。あいつらが作った標本を盗み出したのはおれだった。そのために、おれは校章を剥がされてしまった。誰でもない、おれ自身によって剥がされたのだ。)オイルが切れたので、足元の死骸に供えるようにライターを置いた。それを拍子にしたように、呪術師の声が止まった。おれは、ポケットに手を入れて、屋上に行くことにした。ざらざらした感触で思わずポケットから手を出すと、吸殻の灰が手にこびりついている。


自由詩 ∫ポルターガイストd幽霊 Copyright  2012-11-16 18:25:14
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