部屋のなかは遠くて明るい
由比良 倖


カモメが鳴いている下を空が飛んでいた。水、用意していきます。貴方の前で涙が涸れるといけないから。塩水、用意していきます。天気予報は大体見ないの。消しゴムを転がして一応は予測するけれど、傘も、長靴も、雨は、あれは天使の涙だから、だから晴着で向かえようと。泣いたあとは、眠いので、眠いのは泣いたあとだ。ねえ、チキンレースで、僕はよく負けたよね。落ちて、負けたよね。一応、ブレーキは踏んだんだけど、死ぬ前になると、君がずっと勝者に相応しく思えてさ、そして僕は敗者であることに慣れることさえ出来なかった。カモメが鳴いていたので、僕はその下に空の青を引いた。


将棋に勝つ方法を教えてあげる。自分の王をポケットに入れる。そして、相手の王に包丁を突き立てる。簡単でしょう? 「あいつはゲームに勝って人生に負けた」という非難にはこう答えなさい。「誰に負けたと言うんです?」 「あいつはゲームにも人生にも負けた」と言われたなら、僕の書いたルールブックを見せてやればいい。それにはこう書かれている。「この世に勝ち負けなどありません。人間はみな平等です。と、リンカーンは言いました。僕はとても正しいと思います」


ねこくん、きみはいいですね。
「そうでもないですよ、別に」


ねえ、学校行かなくていいですか? ガラス割っていいですか? せめてひとを殺していいですか? 念仏となえていいですか? 本屋で全部の本立ち読みしていいですか? ねえ、全部忘れていいですか? 首吊り自殺を防ぐために体育の時間に首の筋肉を鍛えるといいと思うのですけどどうですか?
教科書の頁をばらばらにして学校中の机に一枚ずつ並べて行っていいですか? ギロチンを部費で買いたいです。 犬を捨てに行きます。家庭ゴミに入りますか? 焼き魚を食べると、口の中が痛くて嫌です。 ギターの弦は六本だとキース・リチャーズに教えに行きます。素行を特Aにしてくれませんか? 眠っていいですか? 眠らなくていいですか? 黙らせていいですか? 悪意は無いので許してくれませんか? 悪意があるのはあいつです。僕はやっただけです。 笑っていいですか? 笑いたくないけど笑う私を皆で見てくれませんか? 呼吸していいですか? 震えていいですか? 死んでいいですか? くれませんか? くれませんか何でも私に。 くれませんか? くれないのですか? 何なんですか? 何なんですか? 私。 


君は僕を長い間監視してたね。
僕は君を長い間監視してたよ。
何か分かったかい?
君が僕を見てたよ。
平面になりたかったのさ。
へらぺったかったねとても。
僕の名前は知ってる?
君の名前は知ってる。
彼の名前は知ってる?
彼の名前は知らない。
僕の名前は彼の名前なんだ。
彼の名前は君の名前なんだね。
感じないね。
ああ何も感じない。
君に触ったら何か感じるだろうか。
君に触られたら何か感じるかな。
記憶では僕は君を見ていた気がする。
記憶では君は僕を見ていたね。
臨終の時間だろうか?
外は臨終だろうね。
うるさいだろうか。
うるさいのだろうね。
それとも何か別の僕たちは見ていた気がする。
それとも僕たちは別の何か見ていたんだろうね。
もう少しか。
そうかもね。


骨折り損したいよ。くたびれ儲けたいよ。長いなあ。長い。この道を帰るのに、何年かかるだろう。死んだら、回送に乗せてくれるかな。道と沼。どちらを行こうかな。どちらも沈むことに変わりはない。僕の血が青いなら、君の空を染めてあげられるのに。みんな、ね、直径七センチくらいの、パイプの穴みたいなの、にすいすい入っていって、出てきてとても楽しそう。ここに、その残響音が聞こえてきて、足もとはべたべたしている。暗い。いつの間にかトンネルの中にいて、僕は僕の足に付いていっただけなのに。座ろうか。とりあえず座ろう。眠ったら死ねるなら眠ろう。死んだら眠れるのなら死ぬために眠ろう。でも眠るようには死ねないから僕は立ってる。どこかでどこかが死んでる。


「ひょっとしたらあんたってさ…」


まあ別に気にすることもないです。僕ひとりのことですし。紙きれ一枚でいいです。別に裏まで見てくれとはいいません。太陽ってね、こう、横から差してきて、でも目の前にあってなんか眩しいじゃないですか。そうでもないんですかね。ネーブルを食べたんですよ。ええ、朝。それだけです。昨日、妹が飼ってたねずみが死にましてね、庭に、埋めてました。息苦しいですね。プラチナっていいですよね。好きです。プラチナ製品は持ってないけど。いいですね、それ。あのですね、小さい頃、よく望遠鏡で見てたんです。あまり、近くで見るのはいまいちでしたね。だから今、お金を貯めてるんです。その予定なんですけどね。あの近くを寄らなくちゃならなくてね。回り道して、帰って来ちゃいました。それで、カーテンを買ったんです。夜、閉める、あれです。眠ろうと思うんですよ。動物。可愛いもんです。噛まない奴はね。
これからですか? 講義に出席するんです。そのあと量販店に行ってね、ロープを買うんですよ。物干し? いやだな、首を吊るために決まっているじゃないですか。夢から覚めてよかったな。さっきね、長い夢を見ていて、徒歩でね、遠くまで行ってしまって、電話もなくて歩いて帰らなくちゃいけなかったんです。面倒だったんでね、覚めてよかったですよ。では、これから講義なんで。また明日。自殺? 冗談ですよ。ちょっと埋めたいものがありましてね。深い深い場所なんですよ。深い、深い場所。それでは、ね。さよなら。


自由詩 部屋のなかは遠くて明るい Copyright 由比良 倖 2012-11-15 02:59:13
notebook Home 戻る