午前三時
渡 ひろこ

地図を広げて電話を片手に話している
相手は叔父だ
ある地名の場所がわからないという
三文字の漢字で表す地名
「興味の興、という字がつくの?何?聞き取れないの?」
歳老いた叔父の声はしゃがれ、耳も遠い
苦しげに何度も聞き返す叔父を気遣い
「調べてからまた電話するね」と電話を切ってふと顔を上げると
ソファーに母が座っていた


風呂上がりで上半身裸だった
重たげな乳房を晒し 肉付きのいい二の腕
青白い肌から水滴が流れてる
「珍しいことに叔父さんから電話だったよ」と声をかけると
それには答えず、頭が痛いと言う
目を落ち窪ませて、握りこぶしで自分の頭を押さえている
頭痛の時はいつもこの表情だった 
キツいパーマの洗い髪から、ポタポタ滴が落ちる
「大丈夫?早く乾かしたら?風邪引くよ」
途端にパッとそこですべてが消えた



煌々と明るいリビングの電灯
開けたままの窓 
レースのカーテンが風で揺れている
壁の掛け時計は午前三時を指していた



叔父は、すでに十五年前に亡くなっていた 
九州弁交じりの濁声 息遣いまで鮮明な残像
しばし夢と現実との境目に指をかけてぶらさがっていた
黄泉の国へと通じる時間に迷い込んだのだろうか
叔父はどこに行きたかったんだろう 
行き先の地名はもう思い出せない


母は・・・三十年程前の若い時の姿だった
求める母親の印象だけが記憶に残るのだろうか                   いまはもうすっかり
萎びて 縮んで 小さくなって          


いつの間にか、窓の外が白々と闇を追いやる
まんじりとしない夜明け 
翌日慌ててケア・マネージャーに電話をした        
 
「お母さんお元気ですよ」                     

責めぎ合ったものが一気に堰を切り、いつまでも嗚咽し続けた 





自由詩 午前三時 Copyright 渡 ひろこ 2012-11-14 19:16:51
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