【 事件 】
泡沫恋歌

近所の野良猫が仔猫を六匹生んだ
ふわふわグレーきれい毛並の仔猫と
左右の目の色が違うオットアイの白猫と
真っ黒けの黒猫と
背中から耳まで黒っぽいトラ縞でお腹は白い仔猫二匹と
最後の一匹はどんな仔猫だったか思い出せない

駐車場になっている空き地で猫たちが
日向ぼっこをしているのを見たことがある
じゃれあう仔猫たちが可愛いかった
それを見ている母猫の目が優しかった
陽だまりの中 静かな午後だった
その時 たしかに仔猫は六匹いた

最初に私の記憶にない仔猫がいなくなった
次に黒っぽいトラ縞の仔猫の一匹が死んでしまった
ふわふわグレーの猫とオットアイの白猫は
見目が良いので貰い手があり連れていかれた
真っ黒な黒猫もいつの間にかいなくなった
今残っているのは黒っぽいトラ縞の仔猫だけ

六匹の仔猫のうち
行方不明もしくは死んだ仔が三匹
貰われていった仔が二匹
野良のまま残った仔が一匹と
なかなか生存競争はきびしい

だが これが事件なのではない!

     *

ある日 母猫が消えた
一緒に行動している茶トラもいなくなった
この茶トラは母猫ときょうだいで
二匹はいつも毛つくろいをし合っていた
生後一カ月は経っていたが
仔猫たちだけでは頼りない
まだまだ甘えたいだろうに……
どこにも 母猫の姿が見当たらない

数日後 茶トラだけが帰ってきた
だが 無残なことに尻尾の先が切られている
そこから血を流していた
苦痛に耐えるように うずくまる茶トラ
それ以来 茶トラは人間恐怖症になった
人の気配だけで逃げるようになった
目付きまで変わった
前はこんな警戒心が強くなかったのに……
いったい何があったのだろう

結局 母猫は帰って来なかった

      *

野良猫に餌をやっている
猫おばさんがいる
近所での評判はすこぶる悪い
猫のおしっこの臭いや
庭に糞されたと住民たちの苦情も多い
だけど猫おばさんは猫の餌やりを止めない
そのせいで野良猫が二十匹くらい棲みついている

まあ 野良猫に餌をやる行為の是非は
この際 置いておいて――     

私は猫おばさんに訊ねた

「最近 野良猫がいなくなってますよね?」
「うん。猫たち、五十七匹消えてる」
「五十七匹も?」
「そう、今までいなくなった猫を数えたら……」
二、三年の間にそれだけの数の野良猫が消えているのだと
猫おばさんが言う
近くに大きな道路もないし 交通量も多くない
ごく普通の住宅地である
そこで五十七匹も野良猫が消えてるって
ちょっと異常じゃないか

猫おばさんは声をひそめて

「猫を殺す奴がいるんだよ」

その言葉に私は息をのんだ

      *

願わくば 五十七匹消えた猫の話は
猫おばさんの妄想であって欲しい
真偽のほどは分からないが
本当に野良猫たちが誰かの手で
命を消されているとしたら……
こんな怖ろしいことはない

野良猫が五十七匹消えたところで
誰も困らないし 気づかないだろう
平和な日本でも
そんなことニュースにもならない
だが 私にとっては衝撃の事件だった

ただ野良猫だというだけで
生きる権利を奪われたとしたら
それは許せない!

     *

私は一枚の写真を持っている
仔猫に授乳させている母猫の写真だ
利口そうな目をしていたのに
どこへ行ってしまったのだろう
仔猫たちのお母さん


                           2012/11/02


自由詩 【 事件 】 Copyright 泡沫恋歌 2012-11-02 09:11:08
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