少年の時間
夏美かをる

君とは砂場で出会った
人見知りの激しかった僕が どんなきっかけで
初対面の君と口を利くようになったのかは
よく覚えていないけれど
とにかく君と 日が暮れるまでそこで遊んだ

別れる時に約束した
「明日も又ここで会おうね」って
そして 迫る闇と競争するように
僕らは反対の方向に走り出した
お互いの名前を聞くことさえ忘れて

次の日 僕は突然熱を出した
どうしても砂場に行けなかった
天井のしみをひたすら見つめながら
ずっと君のことだけを考え続けた

結局 熱が下がったのは三日後だった 
その日学校が終わると 僕は
一目散に砂場に行って
君が来るのを待った
でも君は来なかった
次の日も、
また次の日も―

あれから 街の風景は何度も塗り替えられてきたけれど
あの砂場だけは 同じ姿で同じ場所にある
まるで その空間だけ
ぽっかりと取り残されたかのように

今でも会社の帰り 公園の前を通ると
あの時
熱にうなされながら
或いは
砂場の縁に腰掛けて君を待ちながら
感じ続けた胸の痛みが蘇って
立ち止まってしまうことがある

そんな時は
深呼吸ひとつした後
階段を上って砂場を見に行く
そして
待ちぼうけをくらって 一人佇んでいる
君の小さな後ろ姿が もうそこにはないことを確かめてから
再び急ぎ足で家路につく
生まれたばかりの息子の顔を思い浮かべながら

切ないほど甘酸っぱい少年の時間は
都会の隅にぽつりと置かれた
小さな砂場の砂の中に今でも埋まったままになっている

いつか息子と
それを掘り起こしに行こうか?

その時まで
君と僕の砂場が
同じ姿で同じ場所にあることを
そっと願う
いずれ『少年』になる息子の
すこやかな寝顔を見つめながら


自由詩 少年の時間 Copyright 夏美かをる 2012-10-31 15:54:08
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