傘のない夜に
三田九郎

ラッシュアワー

スクランブル交差点

運ばれては行き交う無言の人々

傘がないから

雨に濡れた

言葉を失うと

僕らは何を失うだろう

寄り添い

抱き合い

労わり合うのに

修辞はいらない

愛に

説明も弁解もいらない

いったい

言葉にしなければならないことに

なにがあるっていうんだ

大地も

空も

この街も

言葉なく

偽りなく

ここにある

人間が

言葉でものするとき

偽りが微量混濁する

絶壁が屹立し

思いと

言葉は

近似までしかたどり着けない

自然が

言葉なくある

語られないこと

書かれないこと

のうちに

人間がある

傘がないと

雨に濡れる

それがなんだっていうんだ

君と僕が語らうとき

僕らは言葉ではなく

そのときそこにあることで

愛し合っている

沈黙

その無言のときが

僕らを引き寄せ

僕らを抱く

手を握った

傘のない夜に


自由詩 傘のない夜に Copyright 三田九郎 2012-10-30 23:35:20
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