【 金木犀と月 】
泡沫恋歌

夜ふけの町を
自転車で走っていると
住宅の庭から
金木犀がほんのりと漂ってくる
ああ 甘くてよい香り 

若い頃 東京に住んでいた
渋谷 荻窪 吉祥寺が大好きだった
私は男と漫画を描いていた
貧乏だったけど……
少し売れて雑誌にも連載された
昼夜逆転で不健康な生活
エキセントリック! 
まさに青春だった

その頃 触れた芸術
映画 レコード たくさんの本たち
だらだらした怠惰な日々
無駄だと思える時間を過ごしていたが
それが堆肥になったみたい
私の創作はその中から培われた
スポンジのように
柔らかな脳ミソだった

あれから時が流れた
男とはとっくの昔に別れてしまった
娘がひとり 家庭があり 家もある
世間並という言葉で語られる
そんな普通の人生を送っている
だが 満たされてはいない
あの頃の私はどこへいった
何かが足りない
足りない……

金木犀の香りで
心がタイムスリップしたら
道の途中に大事なものを置いてきたことに
気が付いた
どこに置いてきたんだろうか
『ホントのわたし』
振り返り 振り返り
ペダルを漕ぐ 

そんな私を月が笑って見ていた


                  2012/10/25



自由詩 【 金木犀と月 】 Copyright 泡沫恋歌 2012-10-25 05:52:46
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