ウォーターフロント
渡邉建志

廊下、というよりも百貨店の通路のような広い
人が通り、買い物などしているような道の真ん中の
売り場の壁の後ろで、仕事に疲れていたわたしは携帯を見ながら休んでいた。午後四時半。
誰かが来て請求書のようなものを見せ、これをどうすればいいか教えてください、と言う。
隣の店の売り子なのだろうか、まだ慣れていないのだろうか。
わたしには詳しい事はなにも分からない、その仕事をしているわけではないし、
上司はどうしたの、今日はいないんです。そこに通りかかった、
その百貨店会社の秘書のお姉さんが、一緒に考えてくれる。
分からなければ、会社の誰かに聞けばきっと分かる。
事情を聞くと、まだ大学3年生で、インターンで来ているのだが、
人づかいが荒い会社だ、とちょっと怒っていて、歩き方がすこし変わっているので、
疲れているだけではなく、目も少し見えなくなっており、それはたいへんな
疲れようだ、助けなければならない。
彼は気が付けばとても背が高く、どこかでみた事がありそうな気がしてきたし。
彼と秘書のお姉さんと3人で会社の中を、請求書のようなものと、
羊皮の本4冊(1冊は大きく、残り3冊はシリーズ)を持って、
分かりそうな人を探しに行く。売り場のなかを歩くと目立つので
地下へ降り、長い迷路がある。秘書のお姉さんとわたしは手を繋いで、
着替え中のおばさんたちの背中が黒いカーテンの向こうで見えそうになるので
わたしは目を伏せながら、えらいね見ないようにするの、
手を繋いだりしてるとちょっとどきどきするね、と言われる。会社の人が
見ていたら言われるだろうけどこういうのも時々良いね。
きれいな人なのでわたしはとてもどきどきする。
地下からエレベータであがっていくと、別世界の広い役員スペースで、
インターンの彼を連れて案内する。ドアがあり、野外の射撃場が見えるが、
そこで車をリモコンで走らせて遊んでいるこの会社の社長の後姿と
秘書のお姉さんの背中が見える。気付かれないよう、そのドアからすぐ離れる。
きれいな女性が3人廊下を通っていく。
偉い人に付いているあまりえらくない男性がフロアの広場でぼんやりしている。
社長は4時からあんな遊んでいて良いですよね。4時になると疲れるらしいんだ。
話しながらおなかが減ったのでお弁当を食べる。もともとの目的を忘れていた。
もう夜も11時になってしまったし、彼の請求書のようなもののことも、
本のことも忘れていた。秘書のお姉さんはどこかへ消えてしまっていた。
彼に謝って(お弁当をわたしは一人で食べていたのだ)、
一緒に食べればよかったね、といいながら、役員フロアから降りるエレベータを
待っていると、そのエレベータホールの向いにダンススタジオがあり、
女性社員が3人と、インストラクターが踊っている。
こんな福祉施設があるだなんて。わたしは忙しくて利用などしたことがなかったし
そもそも存在を知らなかった。踊っているのを見ながら、同じ動きをして待つ。
エレベータが来て、後ろから男女二人が乗り込んでいく。わたしはその瞬間、
窓から見える東京タワーを見ていた。霧雨が降ってきて、東京タワーの赤い光が、
雨のレンズの作用でとても大きく、ぼやけて見えた。写真をどうしても撮りたい。
iPhoneの写真アプリを起動させているとエレベータが行ってしまった。
ごめんね、と彼に言いながら、わたしは3枚写真を撮った。
タワーはとても大きく、その右横に立っているとても高いビルの壁に鏡像が映り、
その二つのタワーは互いに凭れ掛かって、上のほうの一点で触れていた。
どうしてこんな風に見えるのだろう、雨の中で歪むのだろうか。
わたしたちも霧雨の涼しさに打たれていた。
東京タワーの左は海で、右のとても高いビルはウォーターフロントに立っていた。
海の中で、建設中の東京ドームのような円形競技場がぐるぐる回っていた。
あんなものを作っているんですね、とわたしは隣のおばさんにはなしかけた。
そこは一部の人は知っている眺めのよい桟橋で、カメラを持った人たちが
何人かいた。桟橋の先の石の突起物の上のぎりぎりまでわたしは進み、
そこでカメラをかまえていたけれど、東京タワーは海の向こうで小さくなって
しまった。霧雨は晴れてしまったし、円形競技場と、高いビルからみて、
だんだん東京タワーは奥へ移動して小さくなってしまったようで、それは
海の中の円形競技場の回転運動と関係があるに違いなかった。
わたしたちの前をタンカー船が2隻通った。
カメラを落とすと怖いし、石の上は結構不安定で、
うしろにはおばさんがならんでいるから、
横にある岩にうまく飛び降りてうしろに席を譲った。
草原で女の子3人が寝転んで待っていて、わたしは、ごめんね、この
羊皮の大きな本を持ってきてしまっていた。いまから会社へ返しに行こう、
明日でもいいけれど。と言った。女の子は、その本を、誰かから
返されたのを、どうすればいいか分からなかったから聞いたの、と言った。


自由詩 ウォーターフロント Copyright 渡邉建志 2012-10-07 22:22:02
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