吐き戻したばかりの吐瀉物を横目に笑われた。じとじとした夜だ。安酒、いるはずもないような女だの友達だので囲まれている。中学生のころだっけ。わからない。どいつもこいつもペッティングしている、たいした面でもないのにどうして醜く思わないんだろう、とか思っているおれはきっとニキビ面で、自嘲さえ灰皿に突き刺したい。どういうことだ。わからない。Gがこっちを見ている。彼女は中学を卒業してからどうなったかは知らない。告白されて、そのころにはもう彼女は金髪だったから、「めんどくさいのはいや」と、当時のゴタゴタを理由に断った。聞けばそこいらのオヤジに股でも開いているとかいう話だったが、「飲まないの?」とそのときGが聞いた。おれはえずきながら「ちょっときつい」と言った。別にきつくもないだろう、そうだきつくもない。鼻にまだ残っているらしくて酸っぱいが、なんにもきつくなんかない。これはなんだ。記憶か。回顧しているのか。こっちにあるのはせいぜいポテトチップスだけど。

 警察の原付の音が聞こえる時間帯に吐き気のするようなGと外に出かけた。ニケツ(二人乗りのことをこう言うらしい)して、どこへともなく行くのだ。公園とか、海とか。それで「語り」、どうでもいい会話だとかをして、それから帰ってきてまた酒を飲んで、その頃には朝刊の原付の音が聞こえて、眠って、三時くらいに起きて、家に帰る。毎日なにを言っていたか忘れた。学校には行っていたけれど、目が悪くて、けれど眼鏡がなくて黒板が見えないからずっと寝ていた。図体ばっかりでかかったから、いじめられることはなかった。

 「死ねないかな」とか、Gが言って、リストカットの跡を見せてきたのは冬ぐらいだった。真新しいのがひとつふたつみっつ。そういうものか、ぐらいの感触しかなくて、おれはどうにも反応がしにくかった。「もう少し深くやればいいんじゃない?」「うん、そうする」Gが玩具をなくした子供みたいな顔をした。その頃はまだ金髪じゃなかった。顔立ちはまだ幼くて、ボーイッシュに切った短髪が、猿めいていたおれにはどうも心地よかった。Gと話した内容を覚えているは、この瞬間ぐらいだった。あとは軽薄だった。当時はブスばっかりよく集まった。まともな女の子やかわいい女の子はサッカー少年に憧れるし、おれたちはどうにもそういうきらきらした性質ではなかったから、女を呼ぶにも顔がよろしくないし、それぐらいしか呼べなかった。不思議なもので、アナタハン島よろしくかわいく見えてきたりするものだ。酒を無理矢理に回った気にさせて、女の顔を見ていると、どうにも近視も相まってまともに見えやしないし、頭が下がるから、足だの尻だのぐらいしか映らない。だから、そういうお化けなんだと思うことにしていた。

 「久しぶり、あたしのこと覚えてる?」と校門で、誰だか知らない女たちに囲まれながらGが言ったのはそれから少し過ぎた春だった。おれは最初から知っていたのに「あれ? 誰だっけ」と思おうとしていた。忘れたことにしたかったのかもしれない。Gはダボダボのジャージを着て、ラークの5を吸っていた。ちょこんと袖から出た首や腕がおれの視線に合わせて隠れた。金髪は年に似合っていなくて、薄汚れていて、おれたちへの徴のように光っていた。おれは詰め襟のホックまで閉ざしたままで「Gじゃん」と軽々しく口にした。その夜の重みもわからないままに、すぐにでも逃げ出す準備をしながら。「久しぶり」とGは繰り返した。おれはこいつの告白を断ったのを忘れたように振る舞い続けた。空っぽになりたがった。いまなにしてるの、の一言もないまま、それじゃあ、と切り離したGの目はずっとおれの背中を見ていた。それにおれはずっと気づいていた。おれは頭を抱えながら自転車を走らせて、家に帰ってから自涜した。浄瑠璃の人形みたいに空っぽになったGの胴体に、射精し続けるさまを妄想しながら。

 ゲロが目に飛び込んだ。おれは告発された。目の前に吐いたばかりの吐瀉物がある。横目に笑われた。えずきながら、涙を流しながら、ひとりでにチューハイの缶を持つとイッキコールが湧き上がる。すっぱいにおいが漂って、Gの生首だけが笑う。おでこに傷跡いちにいさん。四肢と股ぐらがスラップスティックみたいに並んでいる。首のない少年たちのからだがそれを犯している。カーステレオ、流行りのバンドが流れてておれはGの愛液を飲み干す、イッキ、イッキ、イッキ、イッキ。蚊がビュビュビュ飛び回るが小蝿だった。ハゲタカのようだ。たばこを吸ってから蚊が異様に集ったのを思い出した。おれはGを飲み干している。そして吐き戻す。何度も。きっとあいつはとっくに乾いて死んでいるだろうし、生首は近視でぼやけてよく見えない。でも、けっこうかわいい気もしてくる。


散文(批評随筆小説等) Copyright  2012-10-03 23:44:10
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