火の断章
安部行人
揺れている――
火が、無人の家に続く砂利道のそこここで、
揺れている、原野の風の行き来にあわせて
揺れている、枯れかけた草の群れが、
火が跳びはねて渦巻く、
日没前の世界に
揺れている、
薄あかるい曇りの日の地平に
灰に灰を混ぜ合わせるように
揺れる
揺れる――誰が?
揺れている――おれの眼が、
燃えてゆく草の煙の渦のなかで焦点もなく
眠りの合間の痙攣のように
揺れている――眼――何も捉えられない。
∴
おれは駅にいた、
何もない平野の東端の駅に。
ここでは誰も列車に乗らない。
ここでは誰も列車を降りない。
正確に言えば
ここは駅でさえないのだ、
ここで停まるのは満載の貨車と空の貨車だけで
人間はひとりも見ることができない。
おれは鉄骨につながれた時刻表を見あげるが
錆びついた数字は
ありえない時刻を示している。
いつの間にか
1日は24時間ではなくなったらしい。
∴
夢を見ない眠りとともに
おれは都市へと舞い戻った。
通り過ぎたものを想うこともなく
現在から現在への痙攣で呼吸する
>あなたの感情のうちに
>引用符のない行はあるか
問いかけは常に予期せず実行され
その度におれは確認するのだ、
すべては引用であることを。
∴
ふたたび歩く――
暗い地下の路、草におおわれた舗装道、傾いでしまった鉄橋を越えて
ふたたび原野へ。
揺れている、
炭化した原野のうえでいくつもの火が
だがもはや何が燃えているというのか、
いったいどのようなものが燃えることがあるのか、
この原野で、
いま何が果たして。
ふたたび歩く、
火の群れのあいだを揺れながら、
焼かれた空気のなかを。
燃えている――目に見えるすべて――
燃えている、おれの眼が、
すべてを捉えて燃え――
やがて静かに消える。