加害者と被害者
桐ヶ谷忍

人は、一生の内に、何度謝るのだろう。
謝罪と、謝礼、どちらの言葉を多く発するのだろう。

皮膚が盛り上がったまま元に戻らない左手首の傷跡を指して
主人が言った。
「君は確かに被害者だったかもしれない。けれど、
今の君は加害者だ。自分の身体を傷つける事によって
親を切っているも同然なんだ」
そして、と続けた。
「君が死にたいと言う度に、俺は愛されていないと
感じるんだ」
そう思わせてしまった事もまた、私が加害を加えて
しまっていた事になる、と申し訳ない気持ちが
沸くと共に、それがどうしたと醒めた自問をしている
自分もいる。

私は、加害者だろうか。
生まれた時から連綿と受け続けてきた被害のせいで病み、
病んだ身にとどめの一言を言われて死のうとした。
それは、加害なのだろうか。
確かに、加害なのだろう。
それは、ある意味報復なのだから。報復しようとして
死のうとしたわけではないが。
ただ、もう耐えられないと思ったのだ。
息をしている限り、私は過去の事をいつまでも
まるで甘い飴のように舐めしゃぶっている。
忘れようとしても忘れられない。
理解しようとしても理解したくない。
割り切ろうとしてもいつも過去の被害に端を発していると
自分の過ちを人のせいにする。

一歩も、動けない。

だから変われない。私はいつまでも被害者のままで、
そして被害者であるからこそ、加害者になっている。
悪循環。メビウス。幼いまま歳だけを重ねる。

謝罪をされれば気が済むだろうか。
された事がない。
謝罪に似た言辞はもらった。だがそれは、あくまで
似て非なるもので、実際にはただの言い訳をされただけで
言い訳をされて、理解と許しを与えられるほど、私は
出来た人間じゃない。
むしろ憤りを深くしただけだった。
恨みをまた沈めただけだった。

親は、子に、何をしても謝罪しなくて良いとまでは
思っていない事は察せられる。
だが、過去の事だから、仕方ないだろう、と思われているし、
そう言われた。
仕方ないから、お前が過去の事を綺麗に忘れ、変われ、と
言っている。
それは随分都合が良すぎるのではないか?
私は泣き寝入りをしろと言外に命じられている。
そしてまた、自分達親は、どう変わるのかについて
全く言及しないし、思慮外でもあるだろう。
ただ、私が変われば良いと、実家の信仰する架空のカミサマに
毎日祈り、祈る事が私への罪滅ぼしと考えており、現実の私には
一切何の影響もない。

「お前は恵まれている」
「お前はどれだけ自分が恵まれているか分かっていない」
親は何かというとこの言葉を何かの切り札のように言う。
私は、自分がどれだけ恵まれているか分かっているし、
そしてまたどれだけ恵まれようが、それを幸せと
感じられないかについて悩んでいる。
幸せを、幸せと感じられないように育てられたのに
親はそれを私へ責める。
自覚がないからだ。どのように育てたかについて、いや、
どのように育てるかという事を放棄したかを自覚してないのだ。
自覚していないから、責め、諭す。
馬鹿げた茶番劇の舞台上に強制的に立たせ、愚かな子を
正しく導こうとする親、という演出をされている。
なんなんだ。
なんなんだ、これは。
どうしてあんた達はいつでも自分達が絶対に正しいと信じて
疑わないのだ。
祈っていれば正しいのか。
過去は過去、今の自分達は子に幸せになってほしいと日夜
祈っているから、正しい親だと思っているのか。
自分達の過去を悔いてはいるが、悔いても「仕方ない」ので
祈っていれば、いずれ親の気持ちを理解してくれるだろうと
思っているのだ。
なんというドリーマー。楽しい空想を現実にしようとして
出来ない理由を私のせいにして、自分達は高みの席から
嘆いている。

主人よ、私はそれでもやはり加害者なのだろうか。
今一度問う。
被害者とは誰か。加害者とは誰か。
あなたは答えるだろう。
君も、親も、被害者であり、加害者であると。
そしてやはり、入り口はたがえど、親と同じ出口を私に
指し示すだろう。
君が変わるしかない、と。
それが君にとって幸せな事であり、ラクになれることなのだと。
そして、メビウス。
私は泣き寝入りするしかないのか。

仮に、私が変わろうと思っても、さて、どのような方法で
変われば良いのだ。
過去を忘れるくらいの「楽しい事」「幸福感」で上書きすれば
良いだろうという指針は察しがつく。
けれど、幸せを幸せと感じられないのだ。それでどうやって
上書きすればいいのだ。
出来ないではないか。
出来ない、などと決め付けるのは良くない事だと返される事も
承知なのだ。
そしてそれが、あなたを害し続ける言い訳になってしまっている事も
また承知なのだ。

皮膚の盛り上がった傷跡をじっと眺める。
私は、冷静だ。冷静に思考していると思っている。
その上で、この傷があと何センチか深ければ、このように
堂々巡りの問いを続ける事もなかったろうに、と考える。
あの時、狂っていると自覚出来なかったあの時、なぜ私は
私にとどめを刺さなかったのだ。
今の、正常な私では、わが身を傷つける事は怖くて出来ない。
死ぬのが恐ろしい。
だから、あなたに謝り続けねばならない。あなたにとっての私は、
まったきの加害者であるから。

被害者とは、あなただ。


散文(批評随筆小説等) 加害者と被害者 Copyright 桐ヶ谷忍 2012-09-24 21:51:52
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