黄昏
HAL

気がつくと窓から射し込む
光の色が朱から濃い藍に
変わっていこうとしていた

ああ、もう陽が落ちる時間が早くなった
ぼくは窓に眼を遣るだけで
ソファから立ち上がらなかった

此処に移ってもう何年になるんだろう
いやもう十年以上の歳月は流れたのだろうと
煙草に火を点けて暮れてゆく色彩の変化を視る

いつまでもこうして黄昏れていく
逢魔時を視ていることができるのだろうと
別になんの怖れもなくただ想うだけ

たくさんのことがあったな
たくさんのひとにあったな
朧に過ぎし日々を想うだけ

そういえば黄昏と云う映画を観たっけ
監督はぼくの好きだったマーク・ライデルだっけ
でも老いたヘンリー・フォンダも
妻役のキャサリン・ヘプバーンも名演技だったな

でもずっとヘンリーと娘のジェーン・フォンダは
現実にも深い確執があったけれど
ジェーンは自らヘンリーの娘の役をライデルに頼んだったよな

きっとヘンリーもジェーンもこの機会でなければ
ふたりの確執はもう溶けることはないと知っていたんだろう

ヘンリーはジェーンと交わした別れ際の抱擁だけで
その温もりこそが形見になると知らせたのだろう
とても佳い映画だったといまでもぼくは想う

まだアカデミー賞がまともだった頃だ
史上最高齢の76歳で主演男優賞をに輝いたことと
ヘンリーは健康のためにセレモニーに姿を現さなかったけれど
代わりにジェーンが代理としてオスカー像を受け取ったことも
キャサリン・ヘプバーンが4度目の主演女優賞に選ばれたことも
そのヘンリーとキャサリンの記録は未だに破られていない
そして数ヶ月後にヘンリーは家族に看取られ心臓病でこの世を去る

でも人生は映画のようにはうまくはいかない
もちろんそれはだれもが知っていることだ
ぼくだってそれくらいは分かる歳になっている

きみはヘンリーのような黄昏を迎え家族に看取られ
彼岸へと向かうと想っているんだろうか
それならとても幸せなこの世とのお別れだ

ぼくのこと もうきみには分かっているだろう
ぼくは窓から射し込む黄昏の淡い光の射すこの部屋で
だれにも看取られず消えていく
ぼくにはそれで充分だと想っているよ


自由詩 黄昏 Copyright HAL 2012-09-23 14:29:43
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