かまきり
りす


かまきり が袖を引く
貧弱な鎌をカフスに突き立て
出勤する私を引き留める
そんな鎌じゃ 草も刈れまい
まして人間なんて 狩るもんじゃあ ないよ
生地がいたむから 
その鎌 どけておくれ

かまきりを振り払って
それっきり かまきりのことなんか
忘れてしまった 
かまきりは 私の鞄にしがみついて
改札を通過していた
黒い鞄に 緑のかまきり
色合いが瞳に涼しいので
携帯で撮影して送信する
「!件名を入力してください。」
件名「かまきり」



駅のホームで 白い錠剤を飲む
二錠 毎朝欠かさず飲んでいる 
毎日のことなので 何に効く薬なのか忘れた
かまきりに一錠飲ませようと思ったが
かまきりの頭より錠剤のほうがよほど大きい
こんな大きな錠剤を飲んでいたのかと
急に頭が痛くなってきたので
いそいでもう一錠飲んだ


昼休み
かまきりがキーボードの上に這い出してきた
かまきりの体重では キーは少しも沈まない
自慢の鎌をもってしても 
kamakiri のkも打てない
これじゃ OLはできそうもない
かまきりに向いている職業はなんだろう
昼休みのあいだずっと
かまきりの就職について考えてみた
「無職」では世間体が悪い
「害虫駆除」の看板が出せるほどは虫を喰えない
しかし社会は 書類の空欄をいちばん嫌うのだ

職業「かまきり」


それ、カマキリ、ですよね
事務の若山さんが 
かまきりを指さして言う
ゆび の先端には銀色の尖ったネイルチップがギラリと光る
そう、かまきりですね。僕のじゃないですけど。
さて 若山さんの指と かまきりの鎌は
どっちが強いのだろう
若山さんの爪は取り替え可能だから
長期戦ではカマキリの分が悪い
カマキリに勝機があるとすれば
最初の一撃で若山さんの爪を剥ぎ
彼女の戦意を喪失させることだ
あとは若山さんを羽交い絞めにして
頭から貪り食う


キモチ悪いから、捨てません?
若山さんが かまきりを指さして言う
俺が捨ててやるよ、と
田村課長が 得意そうに かまきりをひょいと摘む
カマキリって、飛べるんだっけ? と言いながら
田村課長は窓を開け 
かまきりを ポイと放り投げる

地上42階の窓から 新宿の空に向かって





自由詩 かまきり Copyright りす 2012-09-11 14:50:24
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