8号館 〜遠ざかれない日々によせて〜
Rin.
駆け抜けてしまえないのがもどかしい屋上だった8号館は
まばたきをするたび更新されている影あり春の日は万華鏡
「ガイブセイ?」「うん、外部生。」
かんたんに友がつくれてしまう四月は
忘れた携帯さがすふりする学食の列に独りが溶け込むように
こわくない程度に余白を埋めるもの先輩のいう一般教養(パンキョー)とやら
くるのだろうこの木がさくらであることを忘れてしまう季節が風と
ドロップになってしまえ君が口にするオールディーズの方かなの歌詞
ポストには明細ひとひら生きていくための数字がにじんで青い
どこかの海をかためて壊すためにある製氷機にはレモンの輪切り
飾るほどでもないけれど捨てられぬペリエの瓶にやどる初夏
きみがノートに羅列している心理学用語のような雨のきらきら
座席には等間隔の隙間 みな 夏を 拒んで いる の で しょう か
戦争のことを習った日をおもい影おくりする低い屋上
あじさいに触れながら行く待ち合わせなき図書館へ芝生ぬれいる
降りてきたことばたちだけくちずさむ夕焼けを吸うらせん階段で
生野菜 消費期限 とgoogleに打てはあしたは台風らしい
風ほそくあつめて鋭くあれ メロンソーダはじけて積もる改行
褐色の角砂糖だけ掘り出していたらつめたくなったRe:メール
ペチュニアを枯らしたことの証明に窓辺に藍の砂時計おく
綴るほど素直はたやすくない ゆがむビニール傘をいろどるネオン
たぶん白い花だったはず隣室のいつしか香りの消えた鉢植え
帰りたくないひとも帰れないひとも環状線に揺られて眠る
公園の大きな地球儀いつまでも回した手には錆びた夕焼け
さよならがかわいて白い朝がくる君をこわした夢のあとから
もうなにもかもわからない東から川をくだって薄れゆく雲
ひとりぶんのらせん階段ゆるやかに呼吸している巻貝のよう
どのときの涙も同じしおあじと気づけば海の午後は傾く
六千の音あつめればひだまりに扉はうかぶ8号館の
廃校舎めぐる緑の金網にまだ約束は結ばれたまま