萩尾望都私論その8 私の赤い星4「生むヨダカ」
佐々宝砂

いつものナレーションから。この文章には、『スター・レッド』のネタバレが含まれている。批評というものはネタバレなしには不可能というのが私の持論、この持論に不満がある人はここから先を読まないように。

さて話はちょっと戻る。エルグとセイは、火星人を憎むベーブマン(火星人研究局長)の罠にはまって医局におびきよせられ、爆発にまきこまれる。エルグは高熱の謎の球体となり火星人研究局にとらえられ、セイは火星人たちに助けられるが、火星人たちはセイとエルグを「わざわいをもたらす者だ」と予言し、セイを殺そうとする。セイを殺すために遣わされたのがクロバで、それを助けようとしたのがヨダカなのであった。セイはヨダカとともに逃げ、エルグの元にゆくが、今度はセイが火星人研究局にとらえられてしまう。

セイを追って地球に降り立ったクロバとヨダカは、ラバーバという中東の富豪(男)の元に身を寄せる。ラバーバは無口で自分の心を隠すことに長けているだけでなく人の表情を読むのがうまく、常に沈着冷静だ。マンガに描き込まれてはいないけれど、たぶんクロバとラバーバは気が合わない、と思う。地球人のくせに心が読みにくくて、何を考えているかわからん存在など、クロバは気にいらんだろう。しかしヨダカは、なぜかラバーバにひかれる。ラバーバも、なぜかヨダカと気が合うなと自覚する。ラバーバとヨダカは、すでにこの時点でカップルなのであり、この時はまだ男であるヨダカがやがて妻となり母となる姿の伏線がひかれている。

ラバーバは二人に協力し、セイの養父だった徳永博士の居所をつきとめる。徳永博士はセイを失った悲しみに身を持ち崩し、幻覚剤の中毒者となっており、ヨダカが話しかけたとたん歯に仕込んだ青酸カリで自殺を図る。ヨダカは死に瀕した徳永博士の心を読み取ろうとして、そのまま意識を失う(死者の心を読んでいると、時々そういうことがあるという設定)。クロバは、ヨダカの意識を取り戻すことは難しく、それができるのは火星人の長・百黒老かセイではないかと言う。

そのころセイは、火星人研究局から地球のESP研究所のあるロビンソン島に送られ、超能力を持つ地球のこどもたちと割とまともな生活を送っていた。しかしセイは、ロビンソン島に訪れたベーブマンの思念を盗み読み、感情を揺さぶられ、その気もないのに島を地盤から揺り動かして、研究所ごと島を水没させてしまう。セイを追ってロビンソン島まで来ていたクロバは、セイの思念の揺れにいちはやく気付き、セイと二人で島にいたすべての人を救い出し、舞台はセイの昔の家があるニュー・トーキョーへと飛び、セイはエルグを含む仲間と再会する。ただし、火星を破壊しようとしている異星人のおまけつきで。そしてセイは知る。自分の母なる赤い星が、本当はどれほど禍々しい存在だったかということを。

それでもセイはめげない(というよりセイは単に子どもなのである――のちにまた触れるが)。もっとも古い赤色螢星ネクラ・パスタに行ってみよう、と提案をする。母恋がルーツ探しに変わっただけのことで、セイが求めるものはいつも同じだ。自分の根。自分の存在を肯定してくれるなにものか。生まれてきた意味。『百億の昼と千億の夜』に出てきた方法を思い出させる方法で、セイとエルグはネクラ・パスタにテレポートする。だがセイは、古い惑星のマイナスの共振につかまり、思念を浮遊させているあいだに身体を攻撃されてしまう。つまりセイは、精神だけがあって身体のない存在になってしまったわけだ。しかし、何もないかに見える思念の海で、身体のないセイと、死者を追ってきたヨダカが再会する。ヨダカは百黒老の呼びかけに気付き、自分の身体を見つける。思念だけのヨダカは、思念だけのセイをつかまえていう、

「小さくおなり…セイ!(略) 手伝って ぼくは少しだけからだをかえればいい その変化はわずかのエネルギーで足りる 子どもを生む女の身体に… きみは あとで新しく生まれればいい」

そんなこんなで、こんなんありか!というくらいにいともたやすくヨダカは女(しかも胎児になったセイを妊娠している)になってしまうのだった。それでヨダカのアイデンティティが大きく変わったかというと、そんな感じはあまりない。ヨダカはあっけなく女である自分を肯定し、求婚してきたラバーバと即座に結婚し、元から女であったかのように女の服を着て、「ラバーバが助けてくれる」などとのろけまで言うのである。こいつほんとに男か! いや今は女か。ヨダカは男だったことがあったのだろうか。謎である。この謎は、『スター・レッド』を読むだけでは解けない。

というわけで、まだ続く。


散文(批評随筆小説等) 萩尾望都私論その8 私の赤い星4「生むヨダカ」 Copyright 佐々宝砂 2004-12-12 01:30:45
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