土砂降り
HAL

わたしが哀しみを好むのは
ほんとうの哀しみを知らないからかしら

わたしが淋しさを辛く感じないのは
ほんとうの淋しさを分からないからかしら

外は土砂降りの雨
窓を叩く音でそれは分かる
でもどうして今夜みたいなときに
雨なんか降ってくるの

わたしは雨に打たれてないのに
あのひとはずぶ濡れになって駅へ向っている
いつしか覚えたいちばん近道の路地を抜けて

あのひとはなぜか傘を持って出てはいかなかった
少しだけ大きなバッグに自分の荷物を詰め込んで
ひとつの鍵をテーブルにそっと置いて出ていった

いつものようにドアはゆっくり音がしないように
いつものように閉めて出ていった

もうわたしに微笑みかけることはなく
もうわたしに一声もかけることはなく
あのひとは出ていった

ひとつだけわたしは訊きたかった
あなたのそのバッグのなかに
わたしの心は入ってないのと

きっと入ってはいないよのね
それならわたしの心はどこへ消えたのかしら
もう見つけることはできないのかしら

それでもわたしは哀しみを知らないのかしら
それでもわたしは淋しさを感じないのかしら

どうしてこんな夜に
雨なんか降ってくるのと想いながら

あのひとは傘を持たずに出ていった夜に
なぜ雨なんか降ってくるのと想いながら

わたしは土砂降りの雨のようには泣けない
これほど土砂降りの雨のようには泣けない


自由詩 土砂降り Copyright HAL 2012-07-16 23:00:12
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