花束と折り鶴が少しだけ風に揺れる、ように
AB(なかほど)
1 バス待ち
陽だまりの停留所に
車椅子の老人
声かけようか
たとえば
今日もお陽さん輝いていますね
でもすぐそこには冬将軍で
そのブランケットは暖かそうですね
サングラスがずれてますよ
とか やめとこ
22番は
まだ来ない
私は22番を待っているのだから
こうして体を少し揺らしながら
待っているだけでいいのだ
なにも
若者に気をつかって
いつもどおりで
時間どおりじゃあないよなあ
なんて笑う必要もなく
時刻表を見る必要もない
22番は
まだ来ないのだから
やがて22番が停まり
若者が先に乗り
一度だけ振り返ると
老人はやはり
居眠りのふりをして
陽だまりの停留所
2 星待ち
「家へ帰ろう」星空を見ながら、つぶやいた仕事場からの帰り道。深呼吸ひとつ。「久しぶりだな、こんなによく見えるのは」とまたつぶやいて、半分酔ったままで、大崎で見た星を見ていた。朝になれば、またいつもの顔で白いワイシャツにそでを通し、鏡の前で「今日もいけるか」って顔するんだろう。笑顔つくって「行ってきます」って言って、坂道下りて、電車に揺られて。なだらかな坂道を早足で歩き続けるような、そんな暮らしの中で、どんな空を待っているのかさえ忘れたつもりで。日が暮れればまたいつもの顔で、トイレの側で一服ついて、鏡の前で「もういいか」って帰り支度の顔して、笑顔つくって「おつかれ」って言って、階段下りて、電車に揺られて。悪くない、今の暮らしは。愛してる、妻や子供達を。でも、それでも半分酔った帰り道に思うんだ。「帰りたい」あの空の下に帰りたい。あの星の空の下に帰りたい。あの街の星の空の下、の安いアパートの部屋の窓、から見上げていた星座、の名前さえも知らない、くせに夢は抱えたつもり、の物も知らない世間知らずの馬鹿、に帰りたい。帰りたい。あの空の下に帰りたい。電車下りて、坂道上って、笑顔つくって「ただいま」って言えば、星はもう。
3 声待ち
毎年この日の夜には
上原君の星が話しかけてくるはずなのに
今年は何も聞こえてこなくて
見上げても
光が揺れることもなく
なあ、もう忘れちゃうよ
と
小さく嘘をついてみた
遠くの河原で花火の上がる音
そして
虫の声
もう
忘れちゃうよ
4 草待ち
ずいぶん遠くの方で
誰かを思うのが好き
バーゲンプライスのある本屋で
ポエトリー&ハーツ
と書かれたペーパーブックに目をやりながら
これは これは
ずいぶん遠くの誰かが
すぐ側によってきて
助けてくれなければ
とても とても
キャッシャーまでは持って行けない
よ
買いそびれて
帰る家並みのきれいに刈り込まれた芝生は
幼い頃のフェンス沿いの日々を
眩しくも
優しく思い出させて
「日曜の朝」
とか
「日曜の陽射」
なんかの歌詞の意味が
目の前に確かに放り出されていて
自転車をこぎながら
一人で笑ってしまう
芝生の脇のいくつかの
オオバコやタンポポしか数えるものもないのに
ひとこぎ進む度に
君を通り過ぎた気がした
5 風待ち
一昨日のテレビで
はじめてその意味を知った子供が
二時間半泣き続けて寝た
男は泣き顔を見られちゃだめなんだ
と言いながらも
その子が愛しくて仕方がない
生きて行くと
心や脳にいくつものスクリーンがかけられ
漏れてくるものが
世界の全てになったとしても
花火、キリコ、エイサー
囃子、漁火、風車
を見ながら、聞きながら
空を見ながら
虫の声を聞きながら
風の音を聞きながら
ときおり
声をあげて泣いてもいいかい
と、痛む胸と
深い寝息の顔に問いかける
答えはまだ見つからない
のか
もうずっと前から
そこにあるのか
そのままに生きてゆく
世界の全てが優しさで包まれるように
花束と折り鶴が少しだけ風に揺れる
ように