別にどうだっていいこと
榊 慧
真夜中に息をしていた。
左の耳がどくん、どくん、とうるさかった。心臓の音はビートを刻んでいた。しんどかった。だがべゲタミンAは飲みたくなかった。以前は五錠飲んでも平然としていたが今は四時間後くらいに寝入り、翌日ずっと身体も頭もうごかないのだった。それはいやだった。合計二日連続で今日で徹夜したことになる。明日もだろうか。俺は普通の身体をしているので夜は眠り朝はシャッキリと起きたい。理想。というか身体、一般より結構よわい方なので。特技は救急車に乗ることです。とかね。六月だけで計三回乗ったよ。
一回目の救急車は腎臓がなってなんたらかんたらなって激痛で早朝に大阪駅で倒れて。二回目は自殺して。三回目は二回目と同じで自殺して。そのときはパトカーもきた。で、なんやかんやされて(三回目の救急車のときの自殺は煙草を二本食べ、一日絶食していたので嘔吐もせずたぶん致死量に達していたのだけれど医学の力的な、)生きています。が。なにか訪ねたいことがあるようなのでそこの君、前に出て発表しなさいな。
閉鎖病棟の(その病院では)保護室という牢屋みたいなところでしばらく。二回目でした。そこに入るの。何も持って入ってはだめでトイレとして使う穴が床と壁に二つ。一人。常に誰かに見張られている。やたら偉そうに話す男の患者とかの声がひびいてくる。そいつは出入りが自由な保護室にいるらしい。隙間から俺の様子をのぞいてくる患者。性別は見分けられないこちらからじゃ。そいつも出入り自由にされてる奴。俺はいっとうひどいというかなんというかなところに入れられたわけだった。
生きる権利ってなになんでしょう。俺、知りません。
いつのまにか七月になっていたらしかった。
真夜中に息をしていた。