風と蕩ける
岸かの子
どれくらい恋を忘れていたのさえ
思い出せなくなって
公園へ続くこの坂を上りきったら
思い出せるような気持ちになった
自転車置いて靴ひもをギュッと締めなおす
カバンを抱え一気に駆けた
向かい風ひゅるり追い風さらり
あと少しあと少し少し
向かい風が気を引き締めてくれる追い風はゼロ
滑り台のとっぺんが見えてくるくる
初恋は実らないあの人元気かな笑ってるかな
雲のように掴めない人だったなな
息を切らして駆け上がる公園に小さい子が何人も
何人も遊んでいる遊んで
ごめんね滑り台のとっぺんに上がらせてね上がらせて
そこから見える街の風景は蒼くて蒼くて
向かい風が追い風に変わった瞬間だ流れた汗に
口紅が溶けていく口紅だけが
蒼い街は私を拒んだりしていなかったほんの少し少し
もう一回だけこの街で恋をしよう恋を
あの時言えなかったさようならを溶けていく口紅を唇から
すっぴんの唇からあなたへあなたへ
坂の上の公園の滑り台のとっぺんから大好きだったあなたへ
あなたへ