風と蕩ける
岸かの子

どれくらい恋を忘れていたのさえ
        思い出せなくなって
公園へ続くこの坂を上りきったら
        思い出せるような気持ちになった

自転車置いて靴ひもをギュッと締めなおす
        カバンを抱え一気に駆けた
向かい風ひゅるり追い風さらり
        あと少しあと少し少し
向かい風が気を引き締めてくれる追い風はゼロ
        滑り台のとっぺんが見えてくるくる

初恋は実らないあの人元気かな笑ってるかな
        雲のように掴めない人だったなな
息を切らして駆け上がる公園に小さい子が何人も
        何人も遊んでいる遊んで
ごめんね滑り台のとっぺんに上がらせてね上がらせて
        そこから見える街の風景は蒼くて蒼くて

向かい風が追い風に変わった瞬間だ流れた汗に
        口紅が溶けていく口紅だけが
蒼い街は私を拒んだりしていなかったほんの少し少し
        もう一回だけこの街で恋をしよう恋を
あの時言えなかったさようならを溶けていく口紅を唇から
        すっぴんの唇からあなたへあなたへ

坂の上の公園の滑り台のとっぺんから大好きだったあなたへ

                       あなたへ


自由詩 風と蕩ける Copyright 岸かの子 2012-06-15 02:01:41
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