ひきしお
まどろむ海月




陰りある微笑みの調べに
すべてをさらってゆく
引き潮

別れの日を思わずには
愛せなかった人の
去りゆく音階


 背後から近づく
 やさしい足音も

 広がる白砂に寝転んで
 薄い耳に透けた陽のまばゆさも

 しなやかにからみつく
 かいなのつめたさも

 温かいティラミスのような
 潤んだ一瞬の感触も

 残さずに


  あてどない海鳥への視線


 深紅の薔薇を
 降りしきらせた
 夜毎の訪れも

 春のあけぼのの
 かすかに甘い
 寝息も

 香り立つ
 二つの珈琲の
 白磁の幸せも

 残ってはいない

 小さな公園の
 ベンチにも
 風に揺れる
 ブランコにも


  曇り空のけだるげなしぐさ

  聞きとれなかったつぶやき

  通り雨に隠された涙




 かげりの消えない
 ほほえみと

 あなたの不在
 だけが残されて












自由詩 ひきしお Copyright まどろむ海月 2012-06-10 10:43:27
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