日本橋のイタリアンレストランで / 2012.05.27
beebee






何もないが降った日に


季節はもう初夏だと言うのに
空から何もないが降ってきた
何もないは初夏の街並みを埋めてしまって
僕は降り積もった何もないの上を
ポツリポツリと足跡を残しながら
歩き回った

都心の街並みには
鮮やかな木漏れ日が零れて
其処此処に光の水溜りがあって
僕は足を取られないように
注意しながら歩いていたけれど
何もないが原色の世界を
白黒に変えて行く

だから街角には色とりどりの
季節の薔薇が咲き誇っていたが
手で何もないを振り払っていないと
それは過去に見た思い出のように
僕を懐かしさで流してしまう

その時僕は君と待ち合わせをしていて
日本橋の交差点に立っていたが
何もないが降ったので
君との約束がなくなって
途方にくれていたから
新入社員だった朝を思い出して
通りを走る自動車を見ながら
涙を流したんだ

何もないはやり直しとは違って
何もないになるので
注意をしないといけないよ

いつの間にか何で泣いているのか
理由も何もなくなって
White and Black の交差点の角から
白い光の中を僕は歩いていった

気がつくと暗い海岸線に
僕は独りで立っていた
泡立つ光が繰り返し打ち寄せてきて
波打ち際は何もないと光のせめぎ合いだ

きっと遠い昔に何かがあって
何かに突き動かされるように
僕は歩いて来たのに
今はもう思い出せないんだ

黙っていると
テレビやラジオのスピーカーや
道端に落ちている
新聞や雑誌の紙面から
何もないが溢れてくるんだ
街の街頭放送が流れてきて
何もないが空に拡がっていく

何もないが降ったので
僕は自分で歩いている理由を
考えなければならない
何もないが降ったので
僕たちはイメージの中を歩き回るんだ

原色の世界を取り戻そう
打ち寄せる光が泡立って
何もないをすくい取って行く

僕たちはここに居る
僕たちはそこに居る




自由詩 日本橋のイタリアンレストランで / 2012.05.27 Copyright beebee 2012-06-08 07:46:27
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