終末と、始源と
まーつん

空は自由への道標
太古の昔から それはあった
あらゆる生命の頭上に 広がっていた

海は故郷へのいざな
太古の昔から やはり それはあった
あらゆる生命の周りに 満ち満ちていた

だが この地上に於いて
人の手はついに
真の故郷を築くことはなく
真の自由を掴むこともなかった

今 一本の石碑が 砂の上に横たわっている
それは人類の墓標だったが 砂漠となった大地は
それを支えることを拒み さも忌まわしげに吐き戻していた

破滅への道のりを 振り返ることなく歩み切った 人類
愛はついに 地に満ちる機会を与えられることなく
争いと憎しみの炎熱の中で 干上がってしまった
戦争という名の 殺し合いのパーティー
核や細菌を 紙吹雪のようにまき散らした
大量破壊兵器WMDのクラッカー その残骸が
投げ捨てられた玩具のように
この地球という子供部屋の
あちらこちらに散らばって
太陽でさえも この結末を悲しんでいた
温め得る命無き世界を 空しく見渡しながら

空はもう 泣かなかった
幾度悲しみの雨を降らせたところで
そこに込められた嘆きに 人が気付くことはなく

海もまた 荒れなかった
幾度怒りの高波を掻き立てたところで
そこに込められた教えに 人は目覚めることがなかった

かつて 人は貧しかった
地の恵みを拾い集め 海の恵みを釣り上げて
限られた糧を分かち合う時 そこに争いはなかった

だが やがて 人は豊かになった
作物を実らせ 家畜を肥やして
富が争いを産んだ時 その心は枯れ始めた

国を築き 土地を広げて
積み上げた時の記憶を歴史と名付け 自らを誇った
その気まぐれな指先で あらゆる技を成して文明を築き
空へ延びる若木のように 種の高みへと駆けあがっていった

そして 長い時が流れ 
今 地球は 倒れかけた独楽のように
物憂げに回転を緩め 総ての命の骸が
砂の臥所にまどろみながら 塵に還ろうとしている

だが 見るがいい
緑枯れ 川干上がり
終わりなき砂丘の連なりだけが
地平の彼方へと繰り返されていく 抜け殻の世界
在りし日の輪郭を失った なだらかな海岸線から程近い 丘の頂に残された

一本の石碑

今 そのおもてに震える手を這わせる 一つの人影があった
することを失くした 空と海と太陽は 身を寄せ合い
固唾をのんで その様子を見つめていた

その人物に 性別はなかった
男であり 女でもあった
その人物には 年齢もなかった
幼くもあり 年老いてもいた
愛を得るために 片割れを必要とせず
知恵と引き換えに 無垢を手放すこともない
何も必要とせず 何も欠けるところのない 人に似て

非なる存在
それ・・は 神だった

空の階段から 山の頂へと
ある日 裸足で降り立った神は
変わり果てた世界を見渡して 嘆息した
視界に飛び込んできたのは 蒼穹のブルーと 砂漠の肌色フレッシュ

かつて その万能の指先が
無限の色彩で飾り立てた命の楽園は
今や たった一組の色合いで 天と地に塗り分けられていた

だが 吹きすさぶ風の向こうに目を凝らせば
銀色の波の輝きが 遥か彼方の海辺から
この 世にも稀なる訪問者に向かって 手招きをしている

砂利を踏み 白い息を吐きながら
神は歩き始めた 山を下り 谷を越え
弛むことのない足どりは 日々距離を稼いで
かの地の海辺を目指す途上に ある日 忽然と現れたのが

この 丘の上に横たわる 一本の石碑
そこには 人類が今わの際に刻みつけた 嘆きの言葉が並んでいた

゛何をしていたのだろう 私達は
 食べ物を巡って 水を巡って
 この傷だらけの星の食卓に残された
 僅かな数の椅子をめぐって 
 私たちは闘い 勝ち残ってきた
 それは 競争を旨とする自由主義社会が
 繁栄と凋落の果てに辿りついた
 血みどろの椅子取りゲーム

 膨れ上がる人口 枯渇する資源
 打開策のないままに 泥沼化していく
 非難の応酬と 責任のなすり合い
 対立の火花は やがて最後の戦争へと引火して
 近代兵器が狩り立てる 世界規模の口減らしが巻き起こった
 
 そして今
 無数の屍の上に立ち尽くす
 私たちの手に残されたものは何か
 取り返しがつかないまでに汚された自然と
 こんな未来にしか辿りつけなかった自分達に対する 底なしの絶望だけだ

 神よ 憐れんでください

 狂った白蟻のように この地球という我が家の
 屋台骨までをも食い荒らした 私たちの愚かさを

 もはや私達には 続く世代に遺し得る
 豊穣な大地も 澄んだ海も無く
 誇り得る文化も 掲げ得る思想をも失いました 

 迷い疲れた羊達を置いて 神よ
 あなたは何をしていたのですか

 私達は 最後の民
 地を埋め尽くす屍の上で
 途方に暮れる 明日なき勝利者

 今 託すべき相手もないままに
 我らの嘆きを刻んだ石碑を ここに遺す…゛

膝を崩して 神は泣いた
そして大地に 問いただした

゛なぜお前は これを吐き出したのか
 愚かさ故に自らを殺した人類を 哀れとは思わないのか゛

大地は 居心地悪げに身じろぎすると
地響きを立てて これに答えた

゛神よ
 この土の身体に根を生やしていた 最後の草が枯れ果てたとき
 私が人に抱いていた 最後の慈悲もまた潰えました
 
 私から乳を得ていた 無数の緑の子ら 
 彼等はそれを 悉く毟り取り 切り倒し
 焼き払うだけでは飽き足らず この身の純潔をも
 その貪欲な指先で 鋼鉄のショベルで 産業の垢で
 繰り返し犯し続けて 恥じるところがありませんでした

 見て下さい 今の私を

 草一本養うことができず 泉一つ湛えることのできない
 ばらばらの砂の堆積へと 崩れ果てようとしている この呪わしき病巣を゛

とうとうと語られる 地の訴えに耳を傾けながら
神の片手が砂を掬い上げ 自らの前にかざした
黄金色の粒子は 躊躇いも見せずに
その指の間を こぼれ落ちていった

゛神よ その砂は 人間やつらの象徴です
 決して あなたの手の内に 安らぐことはなく
 どんなに豊かな雨に溺れても 渇きが癒えることはない
 どんなにささかな緑でさえをも 永く慈しむことができない

 どうして私が そんな彼等の手前勝手な嘆きを刻んだ
 重い石の塊を 支えなければならない道理があるでしょうか?゛

神は暫し両手を突き 俯いたままだったが
やがて顔を上げた時 その両目は乾いていた

゛大地よ お前の言い分は正しい だが
 大きい者は 常に小さき者の痛みを かき抱くものだ
 お前の傷は やがて癒える だが彼らの傷は そうではない
 死してなお 人は自らの過ちが招いた傷の痛みから 逃れることはできないのだ゛

神は大儀そうに立ち上がると 浜辺へと降りて行った
海は鏡のように凪いでいた これから何が起こるのか 海は既に知っていた

神は言った
゛愛しき者達が死んだ
 忌まわしき者達も死んだ
 その全てが 等しく偉大な存在ではあったが
 彼らが自らの価値を 正しく顧みることはなかった
 美しい絵画を前にして 額縁しか目に入らぬ者のように
 
 彼等は 愛に盲目だった゛ 

神はそこで一息つくと 空と海と 太陽とを 順繰りに見まわした

゛お前達 すまないが 今一度、私の試みに付き合ってくれ
 私は 今一度、命の始まりを刻み直そうと思う゛
 
神は片手をかかげて 手首を露わにすると
そこに 一筋の刻み目を入れた
すると そこから光がにじみ出てきた
それは神の血だった 白い輝きが糸を引いて
手首の周りを伝い降り 波打ち際へと滴り落ちていった

゛見よ 私のこの分身が
 海よ お前の子宮の内に宿り
 やがて 新たな命となって目覚める
 それは 無限に続く選択の始まりであり
 唯一つきりしかない 神への…私への家路を探る 旅の幕開けでもある

 その命は 歩み直すのだ
 誰も通ったことのない 進化の道筋を
 彼らが…わが子が… 愛を見失うことなく歩み続けるなら
 いつの日か 今度こそ 無事 私の元へと還ってくることが できるだろう

 私はこれから 星を幾つか回らねばならぬ
 この惑星と同様に 自らを無為に殺していった

 ゛知的種族゛のいた星々だ

 だが彼らが本当に 自らをそう呼びならわす程
 ゛知的゛だったのであれば 自滅など するはずもなかった

 だが それはもう問うまい
 私はもういい加減に 嘆くのをやめにして
 それらの星々に 新しい始まりを注いでこなければならない゛

海は静かに漣を立てて その言葉に応え
月はその逞しい潮汐の腕で 星の籠を優しく揺らして
神の身体から注がれた 光の種子を ゆっくりと撹拌していった
やがてそれは 見渡す限りの煌めきとなって 日没の海面を飾り始めた

゛美しいのはいつだって 始まりと終わりの瞬間だ
 そして その間に紡がれる 無数の命の物語が
 運命の糸車を回し続けるよう 私を力づけてくれる゛

神が裸足で踏み込むと 水は喜んでその身体を支えた
波の彼方に顔を覗かせた満月が あるじの行く手を黄金色に照らし

海の腕に抱かれた 無数の命の輝きは
今や星空よりも眩しく 夢の中から笑いかけ 去りゆく親を見送った
水面に刻まれる一対の足跡は やがて惜しまれながらも 波のモップに洗われて

いつしか 何も無かったかのように
暗い夜の海の背中が うねるばかりになった

まるで全てが
誰かの脳裏に描かれた

幻だったかのように



自由詩 終末と、始源と Copyright まーつん 2012-06-03 19:19:14
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