行方
山人





白んだ朝
淡々と家事をこなす女たちのような夜が明ける
現実の襞をめくると、憂鬱に垂れ下がった雨が、湿度と共に滞るように霧状に落ちている
五月の喧騒は静かに失われている 

  *

晩秋、残照がまぶしく山林を覆っていた
透明な水みちを、ぼんやりと眺めていた
水ぎわの水をすくいとり
一口飲んだとき
喉をつたってゆく充足はまっすぐだった

脛までまくりあげて、沼の河口に立ち、水に入る
透明で、中の砂粒まで見ることができた水は薄く濁り、沼の中央にはぽっかりと霧が生まれている
その周辺には、実直な森がたたずみ、私の眼前に姿をさらしている
足の指と指の間に、濁った水が足元をぼかしてゆく
それは冷たく汗腺から温度が入り込んで、私の内なる骨に衝突する
水の冷たさは、毛細管現象のように、脛をつたい上部へとあがっていく
胸の中央にひとつ、硬く鐘を打ち、潰えた羽虫のように転がっている

小低木の枝から這い出した葉が湖面に触れている
だらしなく波は葉を濡らし、風でこなごなにされた木片の残片や、木の葉の残骸が、縁の暗黒につぶやくように沈んでいる


指を折り、数をそろえるのは造作もない
ふてくされた期日に折り合いをつけてページを綴じれば夜が来る
それから私はただ、漂白されて、白くもない、色の無い実態となる

沼岸からあがり、ひとつ、またひとつ、と、足を繰り出す
ふくよかなまだ若い単子葉類の植物の葉触りが、つめたい足の皮膚に触れている
何歩かあるきながら、沼を振り返ると、沼など無かった
    ---すでに失われている---
私には眼球が無く、私は半身失せているのだった

粒のような小石を足裏で感じ
土の感触をつかみながら
そう、少しづつ
そうして私は
得体の知れない摩訶不思議な匂いのする、生暖かい森の中へ
足を踏み入れていくのでしょう










自由詩 行方 Copyright 山人 2012-05-12 07:12:32
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