静という泉
月乃助

山を二つ越えた 谷あいに
老婦が ひとり住んでいる

杉森の影をうすくうつす そこに
ばあさまの名前のついた泉がある





涌きでる清水は 億年の/恵み
甘く やさしい





茶を 蕎麦を 酒をつくるため
水をもらいに 人は森をこえてやってくる
紅までとどかぬ 恥じらいの八潮の花が
水などと 不思議そうに眺めている


そばに ぽつねんとする
ひとかかえもある木蓮は 泉の守人
春におかされ 狂ったような陽気の
白い灯火が 泉面にゆらぎ、


時折、墨絵からぬけでた怠惰な鯉が
花の影をすう






私はもう我慢できず
裸足になって 泉水を踏む
痛いほどのつめたさに
心のほとりの 消え去らぬ淀みを洗う

 
震える私をみて
森が、泉が、風が、鳥が、
高笑いをあげ、
 

( 穢れなど 古より ありもしなかったはず ) と、

白いさざなみを立てる


私は、
脱ぎ捨てた靴を 泉に向かって投げつけた

黒いそれは、笑い声に飲み込まれ 大きな波紋の中に
姿をけした







歩むすべを失う









波紋をみつめ
想い
また、波紋をみつめ
私は、もうこの森から帰れぬと
この里にいようと 
心にきめ た




















自由詩 静という泉 Copyright 月乃助 2012-04-19 22:37:22
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